ベルアルの特訓その2
冥気を吸収した瞬間、ベルアルはその余りの苦痛に木彫りの三日月から転げ落ちた。まずは腹部から取り込んだが、まるで直火で焼かれたような痛みが腹部のあらゆる臓器、筋肉、皮膚から伝わってきた。コンマ数秒で痛みのあまりベルアルをのたうち回らせるほどだ。少しベルアルはその辛さに驚愕したが、意を決しその木彫りの三日月に腰を掛けなおした。そして自らの後ろの道を土魔法で分厚く塞ぎ、声が漏れないようにした。そうして再び冥気の吸収を再開する。同じくまずは腹部から、舌を嚙まぬようにタオルを口に含み、直火で焼かれる痛みに耐える。尋常じゃないほどの汗と悲痛な叫びを口から出し、掌から血が出るほど力強く拳を握りしめる。そうして意識を失うまで、ベルアルは4時間もの間、冥気を吸収し続けた。
4時間後、再び目を覚ましたベルアルは、体の異変に気が付いた。筋密度が高くなったと言うか、体つきは変わらないものの、今なら過去以上に重たい物が持てるそんな気がした。そうして身体をほぐしていると、今度は急激な飢餓感に襲われる。擬似アイテムボックスから大量の食事を取りだし、なりふり構わず口に入れる。数年間孤島で一人生存できるほど大量に入れているが、満腹になるまで恐らく4か月分を既に平らげている。食事を終えた後、今度は体中から熱が出ているのを感じた。暑い。とにかく暑い。急いで服を脱ぐ。あられもない姿になったのに、ベルアルの身体は湯気が出るほど熱を帯びていた。急いで飲料水を飲む。だが飲んでも飲んでも身体から蒸発していくような気がして、ベルアルはただ体中の痛みと喉の渇きと熱を出した時のような暑さに苦しむ羽目になった。これがおよそ5時間。
5時間後、ようやく落ち着いたベルアルは、腹部に大きな器のようなものができていることを感じた。何をいればいいか分からないが、恐らく育星法に書いてあった、将来、星を定着させる場所なのだろう。普通は心臓に一つ、この星の器、つまり宇宙を作ればいいのだが、ルナティアは3つ、ベルアルに作り出した。ベルアルは自身の内部に意思を向け、腹部にできた器を覗き見る。真っ黒で何もない、無限の宇宙のような暗闇だけだが、この器に縁がある事は感じ取れる。ベルアルは、ルナティアのように、巨大な群星を育みたいので、この器を冥気で更に拡張することにした。一度出来た器を広げるのは苦痛ではない。ベルアルは腹部に冥気を吸収させていく。これには何の苦痛も伴わなかった。三日月に腰を掛け、どんどんを腹部の器を広げていく。ベルアルが飽和したのを感じたのは、この器を広げ始めてから一週間が経とうとしていた時だ。
一週間後、再び腹部の器に意識を向ける。前とは違い、今では器の縁がどこにあるか分からず、ただただ無限の暗闇が広がっているのを感じた。
翌日、ベルアルは今の場所からでは心臓で星の器を構築するほど濃い冥気を感じられないので、更に冥気炉のある区画まで進む。暫く下っていくと、冥気炉が見えてきた。寒鉄で作り上げられた巨大な窯は、その内部に<冥炎>を含んでおり、この冥炎から発せられるのが冥気である。つまり、冥気とは、冥炎が生み出している気体だった。大きなかまどは既に寒鉄ではなく冥寒鉄に変質しており、ベルアルが見上げるほど巨大な窯の穴からは、内部で青紫色の炎が激しく藻掻くように燃え上っているのが見えた。
恐らく最終的には竈の中で練体の仕上げをするべきだとベルアルは思い、竈のすぐ近くで心臓の星の器を生成を始めた。木彫りの三日月はもう必要なく、器を作る感覚を習得したベルアルは宙に浮き、体を同じく北斗七星の形にして吸収を開始する。
同じようにタオルを口に含み、今度は内臓ではなく全身の筋肉と骨が砕かれ、粉々にされ、再び再生する痛みと苦しみに襲われる。全身に力が入らず、どうにか魔法で浮こうとしたが痛みのあまり地面に墜落する、痛みで全身の神経が引きちぎられたように体が言う事を聞かず、ただ芋虫のように竈の近くで冥気を吸収しながらのたうち回る事しかできなかった。そうして体中が砕かれ、再生するにベルアルは4日かかった。だが、痛みが引いたころ、また同じように飢餓感と発熱に襲われる。そうして再びそれらを克服するころには、2週間かかっていた。
心臓の器が成形出来た頃、ベルアルは以前より身長が増した気がした。今では180cm近い身長を手に入れており、心無しか体つきもふくよかになっている。同時に、体の強度も更に増しており、クロウに貰った数百トンある重エインヘリアルを一撃で数m殴り飛ばせるほど力が増している事にも気が付いた。そうしてベルアルは再び心臓にある星の器の拡張を開始する。煌々と上に飛んでいこうとしている冥気は導かれるようにベルアルの胸部に吸われていき、心臓の器が無限に広がる宇宙になるころには、再び1週間が経とうとしていた。
そうして最後、頭部の星の器の形成に入る。書物によれば、これが一番難しく、多くの修練者はここで躓き、痴呆になってしまったと言う。ベルアルは意を決めた後、その巨大な窯の上に浮かび、空中で姿勢を取って直に冥気を浴びながら頭部での器の形成を始めた。
「あ....」
形成が始まってすぐに、ベルアルに異変が訪れた。思考がどんどんと広がっていく。考えが纏まらず、無限に広がる宇宙のようにいつまでも結論にたどり着かない。何をすればいいかもいずれ忘れてしまいそうだったが、冥気の吸収と器の形成だけは忘れなかった。そうして何も考えられなくなり、延々と纏まらない思考と糞尿を垂れ流す事1か月、ベルアルはようやく意識を取り戻した。
「はっ!?」
垂れ流したものは冥炎に焼かれ処理されたのでまだよかったが、服の違和感に耐え切れないベルアルは、冥炎の上で服を脱ぎ、宙に浮いたままアイテムボックスから水を頭上に出現させ、その場で水浴びをして服を着替えた。頭部の器も完成しており、危うく痴呆になりかけたが、何とか成功したベルアルは、星の器の効果に驚いた。1歩間違えれば永遠に思考が纏まらなくなるが、成功した今、宇宙の広さだけ無限の思考をすることができる。つまり<並列思考>の最終形態ともいえる。<無限思考>だ。思考能力だけで言えばもはやクロウ領の演算能力にも匹敵し、指数関数的に加速増加する思考に肉体が耐え切れなくなることもない。早速ベルアルはその能力を利用して、練体期の仕上げに何をすればいいか、マキナに貰った無数の本を同時に思い出し、まとめ上げ、要約し、融合し、選び抜いた結果、3つの器を統合すればいいことに気が付いた。そのためには、冥炎に直接身体を焼かれ、魂ごと再誕する必要があったが、彼女は迷わず足元にある竈に飛び込んだ




