ミドリとネフィリム
地上に戻ったマキナは、すぐにソラを呼び出した。
「マスターマキナ、ご命令を」
「クロウ型ネフィリムのⅣ号、Ⅴ号、Ⅵ号を起動させてくれ。本人の希望通り、彼等には精霊界、獣人界、それから海底界に行ってもらう」
「承認、クロウ型ネフィリムⅣ号、Ⅴ号、Ⅵ号を起動します。ランチャー」
機械的な言葉で淡々とマキナに言われた指示に従うソラ。クロウの形を模したネフィリムがそれぞれ眠る前のクロウの望みを叶えるべく、異世界に向かう。
Ⅳ号は傭兵クロウ、Ⅴ号は大剣使いクロウ、Ⅵ号は元素使いクロウをそれぞれモデルにしたネフィリムであり、マキナは本人には言っていないが、クロウのプレイヤーとしての記憶も全てコピーしている。それらの記憶を余すことなくクロウ型ネフィリムに移植することにより、彼らは本人のように振舞えるようになっていた。同時に彼らがクロウ領に帰還すれば行動や記憶等を全て棺で眠っているクロウにインプットする事も可能なので、再びクロウが帰ってきた時に、彼は何があったか、自分が何をしたかも覚えているだろう。マキナの後ろでは、ベルアルが立っていた。彼女は何も言わず、ただ悲しい顔でマキナとクロウのように振舞う機械を眺めていた。
「マキナ、私は....何をすればいい」
ベルアルが縋るように聞く。
「さぁ?貴女は好きなことをすればいいのでは?」
「.....」
クロウ無き今、彼女は途方に暮れていた。ただ空虚な身体を引きずって、彼女は待ち人のいない宮殿へと戻っていく。
「北帝、済まない。私ではどうしようもない」
プレイヤー。この世界の理の外にいる彼らには、誰も自由で、誰よりも儚い存在であった。
ベルアルが一人、宮殿の一番高い椅子に腰を掛ける。横にはクロウが座っているはずだったが、彼は長い眠りについてしまった。旅に出るといったのに、いつからか彼は彼の世界に戻ってしまった。次にいつ戻ってくるかは分からない。プレイヤーに寿命はない。教会と神に愛された異世界人は、悪魔や地獄と言った者たちに殺されない限り、何度でも生き返られる。寿命の差が、ベルアルとクロウを隔てる超えられない壁であった。
***
精霊界上空、精霊城オキュラス。クロウの作り出した天空上の一つであり、ホムンクルスであるミドリがいる場所でもある。日課である精霊王と精霊女王のお茶会を済ませたミドリは、その腰まで伸びる緑色の髪と靡かせながら、古式のメイド服の上からでも分かるほど豊かな体と、新緑の瞳は見る人を彼女という深い森林に誘うようだった。そんな彼女の元へ、クロウが飛んでくる。空を飛ぶ彼を見つけたミドリは、すぐさま戦闘態勢に入った。
「止まりなさい!主を騙る不届きもの!それ以上近づくなら防衛設備を起動します!」
空飛ぶクロウ型ネフィリム空中で静止する。その場で<拡声>魔法を使い、ミドリに要件を伝えた。
「ミドリ、話すと長くなる、詳しくはクロに連絡を取ってくれ。敵じゃない!」
ネフィリムはその場で両手を上げる。それ以上進む意思が見られないのを確認したミドリは、オキュラスの砲塔の狙いを定めたまま、ハイデマリードにいるクロに連絡を取った。
「クロ姉さん、ご主人様に何があったんですか?」
「あっ、話すの忘れてたや。全域通信使うね」
クロは通信魔法を切り替える。すると、全世界にいるホムンクルスに通信が繋がる。
「ご主人からの伝言があるよ、みんな良く聞いてね」
クロは目を瞑ると、クロウがクロの録音機能を使って取った音声録音を再生しだした。
「やぁみんな、クロウだ。みんな会えなくて寂しい思いをしてると思う。ごめん。仕事が忙しくて、長い間みんなに会えないかもしれない。だから俺を似せて作ったロボットが会いに行くと思う。代わりになるかは分からないけど、仲良くしてやってくれ」
録音の再生が終わる。世界中にいるホムンクルス達が了解とクロに言うと、通信は終了した。ミドリも了承したが、クロウであってクロウではないので、クロウに似たロボットには最低限の対応しかしない事にした。
「それで?ネフィリムさんはいったい何をしに?」
「ああ、精霊界に遊びにやってきた。ついでにミドリの様子をm...」
「その名で呼ばないでください。私の事はⅢ号と呼びなさい」
ミドリが怒りの形相でユグドラシルの杖をクロウ型ネフィリムに突きつける。ネフィリムは分かったように頷くと、改めて呼びなおした。
「ついでにⅢ号の様子を見に来たんだ」
「遊びに行くならご勝手にどうぞ、ただここは本物のご主人様以外には開いておりませんので、ご自分で宿を探してください」
ミドリは手短にそういうと、バタンと大きな木の家に入って、そのままドアを閉めた。そしてクロウ型ネフィリムも強制的にオキュラスから追い出され、気が付いたら精霊界の入管への列に並んでいた。ミドリの監視結果から、今回クロウ型ネフィリムがやってきて、行ったことと言えば、精霊界の源とも言える霊珠の根に救う魔物の討伐、精霊界と北帝領の友好関係を気づき上げ、ついでに精霊女王の5人目の娘の治療、ロボットではなくご主人様自らやってこれば今の数百倍は上手くいくだろうとミドリは顔を顰めながらネフィリムが帰っていくのを見届けた。
「はぁ...ご主人様、一体いつになったら帰ってくるのかしら」
精霊界を守る結界の外、異界の蛮族と魔族が今日も精霊界を狙いにやってきた。宇宙を埋め尽くすほどの敵を見て、ミドリはため息をつきながらその姿をより悍ましいものへ変化させていき、迎撃を開始した。




