孤立
三題噺もどき―さんびゃくさんじゅうよん。
「――――んぁ……」
なんともまぁ、間抜けな声が口から洩れた気がするが、きっと気のせいだろう。
ガタガタという音に混じって、そんな小さな声が聞こえるはずがない。
いくら寝起きとは言え、そんな、あほみたいな……。
……はい。
「んん……」
切り替え切り替え。
ゆっくりと瞼を開けていくと、視界の隅に掌が見える。
どうやら、机に腕で枕を作ってその上に突っ伏す形で寝ていたようだ。
「……」
霞む視界の中の情報を何とか整理してみる限り、授業は終わっている。その上、ホームルームも終わっている。
各々が次の行動への準備をしているようだ。
よく耳を澄まして見れば、チャイムの音も聞こえるし。
寝起きなので、大半の機能がまだ起きていない……視界と、かろうじての聴力だけ無理やり起こしたのだ。
「いて……」
身体をゆっくりとおこしつつ伸びをする。
上半身だけだが。
せいぜい2,3時間寝ていただけのはずなのに、なんでこんなに痛むんだろうなぁ……。
背中のあたりとか、肩とか、腕は痺れているし。……それは当たり前か。
「……」
さて。
さてさてさて。
私もそろそろ動くとしようかなぁ。
もう少し教室内から人が減ってから動きたいところではあるんだけど……。
基本的には、気づかれないのだが、たまに勘がいい人に気づかれることがある。
つい最近、この教室にもそういう子がいると判明したので、せめてその子が出るまでは、ここに居たい気がする。
「んー」
きょろりと、周りを軽く見渡す。
視界が少々狭いので、目だけを動かしてと言うわけにもいかないのが、面倒だ。
首から上を、頭を、動かして、見渡す。
「……」
いないような気もするけどなぁ……。
勘がいいあの子と違って、私はもともと鈍感なので。
別に必要なものではないから、良いんだが……。
というか、何も気にせずさっさと動けばいいんだけど、ホントは。
「……」
だって、この教室にいる人間のほとんどは。
私をいないものとして扱っている。
「……」
だから、授業中に寝て居ても教室を出て行っても、声はかからない。かけられることもない。
寝ていることにすら、出ていったことにすら、気づいていないかもしれない。
だって、私はそこにいないものだから。
「……」
言ってて虚しくなってきたな。
事実だから別に何とも思ってはいないが……。終わったことだし。
「……」
だけど、そういうのが原因で、こうなってしまってここに縛られている身としては。記憶に引っ張られるのは仕方ない。
―あぁ、もしかしたらこの間私に気づいた少女は、私に近いから気づいたんだろうか。明らかに孤立しているもんな。
「……よし」
なんてまぁ、意味もない、訳も分からないことをグダグダと考えていると、いつの間にか教室の人数は四分の一ほどに減っていた。
さっさと帰路についたもの。塾に向かったもの。部活に向かったもの。
―いいなぁ、私も帰りたいような気分になってきた。今更だけど。
「……」
この時間以降は、放課後が始まるこの時間以降は。
この教室にいない方が吉なので、さっさと出ていくことにする。
私は別にいてもいいんだが、ここを使う人間にはよくないとあの子に言われたので。
出ていくことにする。あの子のところへ行く。
「ん~……」
椅子を後ろに引く仕草をしつつ、机の中に手を突っ込む。
確か昨日何かが入っていた気がするんだが……どこだぁ……??
ん~…………あ。あった。
「…クロワッサンだぁ」
袋に包装されたクロワッサン二つ。
あの子と私の分。
まぁホントは、私にだけ渡されたものなんだけど。
せっかく二個あるから、仲良しのあの子と食べることにしよう。
「……?」
二個のクロワッサンを片手で持ち、立ち上がり、いざ廊下へと。
足を向け、視線もそちらへと向いたところで。
外から扉が開いた。
「「ぁ……」」
初対面の人とハモっても嬉しかないんだが。
…そこに立っていたのは、噂の(というか私が勝手に噂している)勘のいい彼女。
このクロワッサンをくれた彼女。
どこで知ったかは知らないが、いや気づいたのかな?
「……」
ここに。
この机に。
私がいることに。
教室の、窓際の一番後ろ。
使われていない机に。
私がいることに。
「……」
「……」
驚きと恐怖がないまぜになったような表情の彼女。
私が思っているより、はっきりとこちらの姿見えているのかもしれない。
見えて居ても、ぼんやりとだろうなぁと思っていたのに…なんてこった。
「あ――「あの!!」
こちらの声が聞こえるかは分からないが、一応かけてみようと口を開いた瞬間に。
彼女の方から声が上がる。
何だもう……そんな大きな声出さなくても。
「あの……」
「……」
何だうじうじと……。
特に用もないなら、このクロワッサンをもってあの子のところに行くんだが。
用があるなら、手紙でも何でも机に突っ込んでいてくれ。
「あの……あなたが、願いをかなえてくれる、幽霊ですか…?」
「……」
あれまぁ……なんか曲解されていないかそれ。
確かに、何かは出来るかもしれないが、願いをかなえるなんて大きな願いを言われても……。
文句でもいいたいんだが、聞こえるのかこの彼女は……。
「あの……助けて…欲しいんです」
「……?」
おどおどと、怯えながら言う彼女。
いや、違うな。
それは。願いではないだろう……この子の。
助けなんて、生中なものではないと思うんだが?
私に近いと思ったのは、そのあたりだ。
―誰かに復讐をしたいという思い。
「……」
「……」
ふむ……。
一か八か。
「……だれを、ころしたいの?」
「――!」
ん。
聞こえているな。
よし。ならば。
叶えてあげるとしようか。
私と同じような悲劇に見舞われないように。
好物のクロワッサンもくれたことだしね。
お題:チャイム・幽霊・クロワッサン
「あの子」は、私の幽霊友達みたいな子です。幽霊歴は長めの先輩的存在。