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ベース⚾ガール!!!!  作者: ドラらん
51/56

50th BASE

 男性が名刺を差し出す。私はそれを受け取り、互いに座って話を始める。


「私、中京(ちゅうきょう)ドラゴンズ女子チーム部、編成兼スカウトの池友野(いけともの)と申します」

「中京ドラゴンズって……、あのプロ野球チームのですか?」

「そうそう。知っていてもらえて嬉しいよ」


 中京ドラゴンズとは愛知県に拠点を置くプロ野球チームである。地元密着型の球団ということもあり、シーズン中は毎日のように試合が中継されるのはもちろん、そうでない時も応援番組やニュースが盛んに放映されている。おそらくこの近辺に住んでいれば、野球に関心がなくとも存在を知らない人はいないだろう。


「そりゃ当然知ってます。でもドラゴンズって男子チームだけですよね。なのにどうして私のところに?」

「実は来年の春から、ドラゴンズに女子野球チームが創設されるんです。柳瀬さんにはその一員となってもらいたいと思いまして、今日は訪問させていただきました」

「えっ……」


 私は思わず口を開いて呆ける。これはもしかせずとも、スカウトではないか。


「ははっ、いきなりのことだから混乱してるかな?」


 池友野さんは穏やかな笑みを零す。こうして見ればとても優しそうなお兄さんだが、よくよく考えると名前は薄らと聞き覚えがある。ひょっとして……。


「……あ。ああ、すみません。頭が一瞬真っ白になっちゃって。つまりは私にプロ野球チームに入ってほしいってことですよね?」

「そういうこと。どうだい柳瀬さん、興味はあるかな?」

「当然ありますけど……。でも私、大学に進学しようかなと思っていたところで」


 勧誘はもちろん嬉しい。しかし私は大学進学で心を固めたばかりだ。


「それは木場先生からも聞いてる。だから柳瀬さんが希望するのであれば、大学へ通いながらチームの活動に参加してもらおうと考えてるんだ」

「そんなことできるんですか?」

「うん。この辺りの大学に進んでもらうって条件はあるけどね。柳瀬さんの他にもそういう選手は多いよ」


 池友野さんによると、女子プロ野球は現在、男子のように一年を通じた大規模なリーグ戦は行われておらず、定期的に開催される大会に参加する形で活動している。そのため年間で組まれる試合数は多くない上、一試合当たりの集客数も非常に少ない。それに比例して選手一人一人の年俸も低く、プロ一本で生計を立てていくのはかなり厳しいそうだ。だからほとんど選手が企業で働いて収入を補う、若しくは大学などで勉学に励んで将来に備えるのが一般的だと言う。


「けどそれって、中途半端にならないですか……?」


 大学に通いながらでもプロとして野球をやれるなら、こちらも願ったり叶ったりだ。しかしいくら給料が高くないといっても、お金を貰ってプレーをするのだ。生半可なことはできない。


「確かにどっちつかずになって辞めてしまう選手もいる。けど大半の選手はどちらもしっかりと熟しているよ。皆それまでも努力し続けてきた子たちだから、体力もそうだし、何事もやり抜く精神が充実してるね。柳瀬さんだって頭の良い亀ヶ崎で文武両道を貫けてるんだから大丈夫だよ。僕らも全力でサポートするしね」


 池友野は真摯に答えてくれた。私の心がプロの世界に傾きかける。でもその前に、もう一つ確かめておきたい。


「それなら良かったです。……もう一個、聞いても良いですか?」

「うん。何でもどうぞ」

「ありがとうございます。……私は将来、日本代表に入りたいと思ってます。そのためにはプロに入る方が良いのか、大学へ進んだ方が良いのか、判断が付かなくて……」


 私は素直な気持ちをそのまま質問にする。不躾な内容かもしれないが、せっかく機会だ。後から聞けば良かったと後悔しても遅い。


「なるほど、日本代表か。良い志だね」


 池友野さんは愉快気に頷く。その後一切考える間を入れず答えを返す。


「それに関してはどっちが良いとかは無いと思う。僕もかつてはトップチームの日本代表を目指して野球をやってた。そのために大学、社会人を経てプロになったけど、日本代表に入るどころかプロの世界に十年と居られなかった。ただそれが経歴のせいだと思ったことはないよ。まあそもそも僕の場合、大卒や高卒じゃプロになれなかったんだけどね」


 照れ臭そうに語る池友野さん。やはり池友野さんは元プロ野球選手だったのだ。数年前にプレーしている姿を見た記憶がある。


「結局は本人の努力次第だよ。運の要素も全く絡まないとは言わないけど、誰にも負けない実力があって結果を残していれば、どこで野球してたって必ず日本代表になれる」


 池友野さんの言葉に力が籠る。この人の言う通りだ。私もそれは薄々分かっていた。


「……そりゃそうですよね。私としてはプロで野球をやりたい気持ちはあります。だけど今の実力で行くのはちょっと怖くて……」

「気持ちは分かるよ。僕もスカウトとして色んな選手と接してきたけど、柳瀬さんみたいに不安を持っている子は結構いたね。僕もプロの入る時はそうだった。自分の実力が通用しないんじゃないかとか、結果が出なかったらどうなるんだろうとか思ってた。でも最後は自分がプロになりたいと昔から思っていたから、その道に進んだんだ。だから柳瀬さんにも自分が進みたいと思ってる道に進んでほしい。それがうちだったら嬉しいかな」

「そう言ってもらえるのは私としても嬉しいです。ありがとうございます」


 不安を持っているのは私だけではない。椎葉君やプロへ進もうとしているライバルたちも、自信満々に見えて内心では不安を抱えているのかもしれない。


「……ちょっと、考えさせてもらっても良いですか? いきなりの話で、今日の今日決めるのは……」

「もちろん。大事な将来のことだし、しっかり時間を使って考えてくれれば良い。けど最後に一つ、僕から伝えさせてもらっても良いかな?」

「はい、もちろん」

「僕たちは、ドラゴンズは、柳瀬さんがプロでやっていけるだけの実力が、もっと言えば日本代表になれるだけの実力があると思ってる。それだけの結果も残してるわけだからね。だからこうやってスカウトしにきたんだ。柳瀬さんにはそれを胸に留めて、自分の力に自信を持ってほしい」


 池友野さんの真っ直ぐな眼差しが私の心に突き刺さる。それほどまでに私を評価してくれていたことに、ただただ驚く。


「また時間をおいて訪問させてもらうよ。今日は本当にありがとう」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」


 私は池友野さんと会釈を交わす。今日はこれで終了。私は話を一旦持ち帰って考えることになった。



See you next base……


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