49th BASE
椎葉君に進路について尋ねられ、私の食べる手が止まる。やりたいことは明確だが、そのための最適解が見つけられず迷っている。
「……今のところは進学かなあ。高卒でいきなりプロはちょっと怖いかも」
咄嗟に私は現時点で考えられる無難な選択肢を答える。ただそれが本当に自分の気持ちなのかと問われると、分からない。
「そっか。一概にプロと言っても女子と男子じゃ規模が違い過ぎるからなあ。柳瀬がそうしたいって思ってるなら良いんじゃないか」
「そうかな? ありがとう」
私はぎこちなく微笑んでみせる。その瞳に宿った迷いを椎葉君に悟られているような気がしたが、彼はこれ以上深く問い詰めてはこない。
「……となると、お互い頑張らなきゃいけない時期がもう少し続くわけか」
「お互い? 椎葉君ならプロ確定なんじゃないの?」
「いやいや、そんな甘くはないよ。俺より凄い奴なんてたくさんいるんだ。ひとまず十月のドラフトに掛かるまでは気を抜けないよ。駄目だった時も想定して勉強もしておかなくちゃいけないしな」
「そ、そうなんだ……」
椎葉君ですらプロになれるか分からないとは、どれほど厳しい世界なのだろう……。それはきっと男子も女子も変わらない。やはり私は大人しく大学に進学しておくべきかもしれない。
「ごちそうさまでした」
進路の話で若干湿っぽい空気感が流れたものの、その後は楽しく食べ放題を満喫できた。私は並べられていた物を全種類食べ切ったこともあり、ちょっとお腹がはち切れそうになっている。
一方の椎葉君は私の倍は食べていたにも関わらず、苦しそうな素振りを一切見せない。しかも見ていた限り食べた物の割合はスイーツがほとんど占めていた。量以上にそちらの方が驚きだ。
「これからどうしようか? 柳瀬は行きたい場所とかある?」
「そうだなあ。せっかく街に出てきたし、色々ぶらつきたいかも!」
食べ放題の店を後にした私たちは、近くの大型商業施設へ向かった。そこには地元には無い大きな雑貨店やアパレルショップが入っており、見て回るだけでも楽しめる。
「何これ? どうやって使うんだろう?」
「それって確か、椅子の後ろに取り付けてジャケットとかを掛けられるようにするやつじゃない? 型崩れの心配が無いってテレビで紹介されてた」
「へえ、それは良いねえ」
目に付いた商品について、買うわけでもないのに他愛無く会話を交わす。たったこれだけのことなのに楽しい。こんなことを滅多にしないからだろうか、それとも一緒にいるのが椎葉君だからだろうか。どちらも当てはまるのだろうが、より強く感じるのは後者だ。彼は他の女子ともこういうことをするのだろうか。だとしたら嫌だな。
けど椎葉君のことだ。そんなに頻繁に出掛ける暇は無さそうだし、そもそも学校で女子と話している姿をあまり見掛けない。だから私としかこうして遊んでいないのではないか。そんな都合の良い解釈が頭に過ぎる。
「楽しかったね!」
「ああ、久々にこういうところ来たなあ」
気が付くと夕暮れ時を迎えていた。結局私たちは施設の中で三時間以上過ごしてしまった。外に出ると空には夕日が昇っており、私たちに帰る時が迫っていることを告げている。
「そろそろ帰らないとだな……。柳瀬は明日も補習あるんだろ?」
「……そうだね」
私は俯き加減で椎葉君の言葉に頷く。楽しかった時間が、もう終わってしまう。
「……な、なあ柳瀬!」
「うん?」
唐突に椎葉君の語調が勢いを増し、私は咄嗟に顔を上げる。西日が眩しくはっきりと確認できたわけではないが、彼の口元は何かを堪えるように固く締められている。
私の心音が瞬く間に加速する。椎葉君の喉元が微かに動いたように見えた後、彼は私に言う。
「俺と柳瀬の進路が決まったらさ……、ま、またこうやって遊びにいこうな!」
刹那、胸の鼓動が緩み、私の心には仄かな落胆が芽生える。……待て待て、残念な気持ちになる必要なんてないはずだ。また遊びに誘われたのだから喜ぶべきことではないか。私は一体何を期待していたというのだ。
「もちろん行こう。楽しみにしてる!」
私は笑顔を作って快く返事する。これはきっと、神様が早く進みたい道を定めろと言っているのだろう。そう私は自分を戒めるのだった。
椎葉君と遊びにいった日から程なくして新学期が始まった。あれから色々と考えたが、私の心は大学への進学で固まりつつあった。調べたところ世界大会の日本代表には大学生も招集されているし、大学を経てのプロ入りも決して遅くない。夢を叶えられる可能性は十分にあると判断しのだ。
「おはよう紗愛蘭ちゃん」
「おはよう」
登校して教室に入った私は、紗愛蘭ちゃんと挨拶を交わす。新学期初日と言っても部活や補習で毎日のように顔を合わせており、会うのも全く久しぶりではない。
「あ、そういえばさっき、監督が真裕を探してたよ」
「え、そうなの? 何で?」
「何か放課後に職員室まで来てほしいって言ってた」
「ええ……。分かった」
校内で監督に呼び出されるなんて、現役の時でもほとんど無かった。一体どうしたのだろう。少なくとも悪いことはしていないはずだが、記憶に無いところで何か仕出かしたのではないかと心配になる。
私は不安に駆られながら始業式を過ごし、午前中で学級での活動を終了した。午後から補習が入っているため、手短に昼食を済ませて職員室へと赴く。
「失礼します」
「おお真裕、来たか」
職員室に入るや否や監督が私を見つけて手招きする。見たところ重苦しい雰囲気ではないので、怒られるわけではなさそうだ。私は少し安堵しつつ、職員室の後方にある来客用のスペースに通される。
「お待たせして申し訳ありません。連れてきました」
「いえいえ。……君が柳瀬さんだね。こんにちは」
「は、はい。こんにちは……」
待っていたのは、監督よりも少し歳上と思われるスーツ姿の男性だった。顔の輪郭はシャープだが、立ち姿を見るとがっしりとしている。何かしらのスポーツをやっていた体付きだ。
「柳瀬さんは午後も授業があるみたいだし、早速始めましょうか」
男性はそう言って名刺を差し出す。そこに書かれた肩書に、私は目を見張るのだった。
See you next base……




