4th BASE
試合が始まる。整列を終え、先攻の亀ヶ崎は紗愛蘭を中心にベンチ前で円陣を組む。
「相手が誰だろうと、球場がどこだろうと、私たちは私たちの野球をしよう。相手の様子を見る必要は無い。初回からどんどん攻めていくよ!」
「おお!」
対する羽共の先発マウンドには美久瑠が上がる。足場を丁寧に均し、土の感触を確かめる。
(おお! これが甲子園のマウンドか。予想以上に綺麗で更々してる。最高過ぎるよ!)
美久瑠は最初にこのマウンドに立てた喜びを噛み締め、ふと笑みを漏らす。その後深呼吸をして心身を解し、自らのペースで投球練習を済ませる。
《一回表、亀ヶ崎高校の攻撃は、一番ショート、陽田さん》
ウグイス嬢の透き通った声と後ろ高のイントネーションでその名をコールされ、一番の京子が左打席に入る。球場全体にプレイボールのサイレンが轟く。その音を背に受けながら、マウンドの美久瑠がノーワインドアップから第一球目を投じる。
「ストライク」
スリークォーターから放たれたストレートがアウトコースに決まった。初球から手を出していこうと考えていた京子だったが、投球が若干外へと動いたのに気付いてバットを止める。
(ちょっと変化したけど、これはきっと真っ直ぐなんだろうな。球速は真裕や小山に比べたらそれほどでもない。左右の違いはあっても二人より打ちやすそうだ)
二球目も同じコースにストレートが来る。今度は京子が打って出るも、前の球よりも高さが低くなっていたため捉え損ねる。
「キャッチ!」
打球は本塁後方に上がる。キャッチャーの乃亜がマスクを取って追い掛けるも、観客席上部のバックネットに引っ掛かってファールとなる。
二球であっさり追い込まれた京子。しかしここから簡単に凡退しない粘り強さが彼女にはある。
(真っ直ぐの軌道は何となく分かった。次は変化球を見ていきたい。カーブ辺りを投げてくれると嬉しいんだけど……)
三球目、京子の思惑は外れ、外角のストレートが来る。見送ればストライクだったため、彼女は振り遅れながらも何とかバットに当ててファールにする。
(また真っ直ぐか。しかもストライクゾーンに投げてくるとは)
一般的な投手心理からすると、ストレート二球で追い込んだ後は変化球を挟みたくなるもの。仮にストレートを続けるとしても、ノーボールツーストライクから打たれるのは勿体無いと感じてボール球にしがちだ。ところが美久瑠は全くもってその反対を行った。まるで京子の思考を見透かしたかの如く。
球審から新たなボールを受け取った美久瑠は、乃亜と素早くサインを交換して投球モーションを起こす。四球目、彼女が投じたのはまたもやストレートだった。今度は京子の膝元を突く。
京子はカットしようと打ち返すも、打球は彼女に意に反して一塁線沿いのフェアゾーンを力無く転がっていく。捕球したファーストの一柳が自らベースを踏んだ。
「アウト」
まずは美久瑠が京子を仕留める。投げた四球は全てストライクゾーンへのストレート。京子は一球も変化球を見られず、一番打者の仕事が果たせないままアウトとなる。
「どんまい京子ちゃん。どんな感じのピッチャーだった?」
「うーん……。全部真っ直ぐだったから何とも。真っ直ぐはあんまり速くないけど、手元で微妙に動くね。だから無理に芯で打とうとすると逆に良くないかも」
ベンチへ帰った京子は真裕の質問に答える。実際に打席に立って見た球筋などは貴重な情報となる。得られたものは少なくとも、必ず共有しておかなければならない。
「そっかあ。心を読むって噂については?」
「それも何とも言えないかな。ただいきなり真っ直ぐ四球ってのはびっくりした。あのスピードでそれだけの自信があるとは思えないし、ウチの考えてることが読まれてた可能性はある」
結果的に京子は美久瑠に裏を掻かれた。まだ半信半疑だが、心を読むと言われる片鱗は覗けたのかもしれない。
《二番センター、西江さん》
打席には二番のゆりが入る。美久瑠の噂に興味津々だった彼女だが、どのように相対するのか。
(今この瞬間から私の心は読まれてるのかな? 紗愛蘭が言うには表情も見られてるかもしれないんだっけ)
ゆりは平然とした顔付きをしようと努める。それを知ってか知らずか、美久瑠は京子の時と同様に初球は外角のストレートから入る。
「ストライク」
京子とは反対に右打者のゆりを相手にしても美久瑠はしっかりとストライクを取ってきた。ゆりは手を出せずに見逃す。
(初球から良いコースに投げてくるね。京子にはボール球が無かったみたいだし、私のこともすぐ追い込もうとしてくるのかな? だとしたら思い切り引っ叩いてやる!)
ゆりはフルスイングで応戦するべくバットのグリップを僅かに絞る。二球目、美久瑠が投げてきたのは、ストレートから一転して緩いカーブだった。
投球はアウトハイから大きな半円を描いて真ん中近辺へと入ってくる。タイミングを合わせられていないゆりだが、甘いコースだったため少々強引ながらも打ち返す。
「センター!」
豪快なスイングから高々とフライが打ち上がるも、飛距離は出ていない。センターの狭山が定位置から少し前進して打球を掴む。
「ああ……」
ゆりはセンターフライに倒れる。ストレートとカーブの緩急にまんまとタイミングを狂わされてしまった。
《三番ライト、踽々莉さん》
先攻として機先を制したい亀ヶ崎だが、一、二番が凡退して早々にツーアウトを取られる。だがここからでも十分に得点は望める。出塁率の高い紗愛蘭、確実にランナーを還す勝負強さが持ち味のオレスと好打者が続く。守備側は全く気を抜けない。
「よろしくお願いします」
紗愛蘭は球審に深々とお辞儀をしてから左打席に立つ。この仕草は一年生の頃から続けており、彼女の品格の高さが伺える。
(京子もゆりも打ったというより打たされた感じだった。私は同じことにならないよう、しっかり狙い球を絞っていかないと)
初球、紗愛蘭はインコースのストレートを見送る。投球は彼女の右腕の前を通過したように見えたが、判定はストライクだ。
(渡さんの投げ方だと斜めの角度からボールが入ってくるから、内角の一杯のコースはボールに感じるな。まあ一球目からこんな厳しい球を打つ必要は無いし、そうそう続けて投げられるものでもない。切り替えていこう)
二球目、今度はアウトコースにストレートが来る。こちらは低めに外れた。
(二球連続で真っ直ぐなのは京子の時と同じだ。次も続けてくるかもしれない。ここで捉えておけば後々投げにくくさせられるぞ)
三球目。ストレートに狙いを定める紗愛蘭に対し、美久瑠の投球は真ん中やや外寄りのコースを直進する。紗愛蘭はセンター返しを意識して打ちに出る。
See you next base……