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ベース⚾ガール!!!!  作者: ドラらん
42/56

41st BASE

 延長八回裏ツーアウトと追い込まれた羽共だが、代打の中ノ森がライト前ヒットを放つ。ランナー一、三塁と希望を繋いだ。


「タイム」


 長打で乃亜と共に中ノ森まで還ってくれば同点、一発が出ると逆転サヨナラという局面となり、全国制覇を目前にした亀ヶ崎に大きな試練が訪れた。ここで菜々花がマウンドへと赴く。


「いやいや、羽共もしぶといね。何だかんだでお膳立てを整えてきたよ」


 菜々花は困ったと言わんばかりに首を振る。だが表情に悲壮感は無い。それは真裕も同じだった。ピンチではあるものの、自分たちは決して追い詰められているわけではない。寧ろ抑え切れば勝利だと前を見据えている。


「やっぱり羽共は強い。けど、私たちが勝つ。それだけは譲れない」

「当たり前でしょ。最後のワンナウト、しっかり取り切ろう。バッターは……」


 二人が羽共ベンチの様子を伺う。打席が回ってくるはずの美久瑠が出てくることはなく、ネクストバッターズサークルにいた選手が代打として告げられる。


《八番、渡さんに代わりまして、バッター、児島(こじま)さん》


 送り出されたのは三年生の児島だった。バットを持って立ち上がる彼女の姿を注視しながら、菜々花と真裕が言葉を交わす。


「代打か。ま、そりゃそうだよね。流石に渡に任せることはしないでしょ」

「うん……」


 真裕は物悲しそうな反応を示す。ここまで投げ抜いたにも関わらず土壇場のチャンスで打席に立てないとなれば、美久瑠の胸中は穏やかでないだろう。同じエースの立場として、彼女の無念は痛いほど分かる。


 しかし羽共は勝つために当然の選択をしたと言わざるを得ない。いかに前の打席でタイムリーを放っていると言っても、美久瑠のバッティングが芳しくないことは火を見るよりも明らかだ。逆転して息を吹き返した真裕が相手なれば歯が立たないことすら考えられる。ならば他の打者に委ねるしかない。


「児島さん、いつもの頼みます!」


 美久瑠も非情な采配を受け入れ、悔しさを堪えて児島に声援を送る。児島には彼女の無念を晴らすような一打に期待したい。


「……児島さんって、去年の夏大はレギュラーで出てなかったっけ?」

「そうだね。けど今年の夏大も、確か春の大会も代打でしか出てなかったはず。怪我なのか何なのか理由は分からないけど、バッティングはかなり良いよ。チャンスでも結構打ってる」


 真裕の疑問に菜々花が答える。児島は一年生時からレギュラーを張るほどの実力者だったが、昨夏の大会後に腰のヘルニアを発症。長い時間動き続けることができなくなってしまった。そのため現在は代打専門で試合に出続けている。


 今年の夏大は計三打席で二度のタイムリーを放つなど、代打として光る活躍を見せていた。首脳陣やチームメイトからの信頼も厚く、試合に出る時間は短くとも縁の下から羽共を支えている。この場面で登場する選手としてはこの上無く相応しい。


「なるほど。最後の相手としては不足無しってことか。良いじゃん!」


 真裕は武者震いしながら目を輝かせ、雄々しく笑う。対する菜々花は呆れたような物言いをしつつも、それでこそ真裕らしいと頼もしく感じる。


「……ふふっ、言うねえ。ほんとならこういう展開は作りたくなかったんだけど、まあ良いか。じゃあ真裕、手を出して」


 そう言った菜々花が右手を差し出す。それを真裕が握り、二人は目を閉じてゆったりとした呼吸を繰り返す。


「すう……」

「はあ……」


 荒くなっていた真裕の息遣いが少しずつ整う。一方の菜々花も真裕の手の温もりに安らぎを感じ、胸に渦巻く一抹の不安が拭い去られていく。


 やがて互いの波長がぴったりと揃った。二人が同時に目を開ける。


「……よし、行こう菜々花ちゃん」

「うん」


 もう大した言葉を交わす必要は無い。薄らと微笑み合いながら繋いだ手を解き、二人は最後に軽く拳を突き合わせた。


 試合が再開する。両軍の応援席はもちろんのこと、その他の観客席からも拍手が沸き起こる。球場のボルテージは最高潮を優に超え、見る者全てがこれまで味わったことのないような果てしない興奮を覚える。


「決めろ児島さん! ヒーローになってください!」

「児島さんと一緒に優勝したいんです! 私のためにも打ってください!」


 乃亜と美久瑠が児島に夢を託す。二人に続いて他の羽共ナインも彼女を後押しする。


「児島、日本一になるぞ!」

「練習通り思い切っていこう! お前の力見せてやれ!」


 仲間の想いを一身に受け、児島が左打席に入る。泣いても笑っても、これが彼女の高校生活最後の勇姿だ。


「ツーアウト! 内野は一塁ランナーのスチール警戒、外野は長打ケアね!」

「了解! さあ真裕、楽に行こう!」

「真裕さん、私たちが守りますから、思い切り勝負してください!」


 亀ヶ崎ナインは菜々花の指示で各々の守備位置を整える。ファーストの嵐が一塁ベースに就いたため、セカンドの昴は一二塁間を締める。


「真裕、最後はウチのところに打たせて! 何でも捌くよ!」


 ショートの京子は嵐と昴の動きに伴い、二塁ベース付近へと移動する。これで三遊間が広く空いたが、彼女の瞬発力ならある程度カバーできるだろう。


 サードのオレスは定位置で守る。勝敗に直結しない三塁ランナーは気にせず、打球の処理に集中する。


「真裕、大きいの打たれても大丈夫だよ! フェンス越えなきゃ捕るから!」


 センターからはゆりが両手を広げて真裕を鼓舞する。外野陣は長打が出ても一塁ランナーを還さぬよう、予め後ろに下がっておく。右中間は飛んでくる可能性が高いため特に用心したい。


「真裕、一球一球時間掛けて良いからね! 慌てず自分のペースで投げよう!」


 ライトの紗愛蘭は真裕に声を掛けつつ、軽く足踏みをして逸早(いちはや)く打球に反応できるよう備える。彼女の強肩が勝負を分けることになるかもしれない。


 マウンド上の真裕は、チームメイトの一声一声に口角を持ち上げながら頷いていく。それから足元のロジンバッグを人差し指と中指の先で軽く触り、今一度深く呼吸を行う。心身共に戦闘態勢を整え、満を持して児島と対峙する。


 さあ、雌雄を決する時だ。



See you next base……


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