3rd BASE
対戦相手となるのは、埼玉県にある羽田共立学園、通称“羽共”。創部は亀ヶ崎よりも長い十一年目、十回目となる夏大出場で初めて決勝へと勝ち進んだ。
チームの柱はサウスポーの渡美久瑠と東地乃亜の二年生バッテリー。ピッチャーの美久瑠は準決勝までの五試合の内、四試合で先発、残る一試合でも五回からリリーフして終盤三イニングを投げ切り、獅子奮迅の活躍を見せた。登板過多も心配されるが、準決勝から日程が空いたことで疲労も癒え、万全に近い状態で今日に臨んでいる。
一方の乃亜はここまで全試合でマスクを被り、投手陣を牽引している。優勝経験のある強豪校を相手にする試合がありながらも大会を通じて少ない失点に収めてきた。特に美久瑠とは中学時代からバッテリーを組んでいたことあって抜群のコンビネーションを発揮している。
その羽共バッテリーはと言うと、投球練習を行うため先ほど三塁側ベンチから出てきた。短い髪を帽子で隠した美久瑠と長い髪を項から靡かせる乃亜。対象的な髪型の二人だが、横に並んでブルペンへと駆けていく姿は非常に仲睦まじい。
「カラダぐぅ♪ 夏にして♪」
「美久瑠ってば、またそれ歌ってるの?」
「だってめっちゃ耳に残るんだもん。気が付くと口ずさんじゃう。カゲキどぅ♪ さいこう♪ ……ね」
美久瑠が陽気に舌先を見せる。今のところ緊張感はほとんど無いようだ。
「気持ちは分からんでもないけどさ。試合中に歌って注意されるのは止めてよ。恥ずかしいから」
「分かってるって。任せなさい!」
控えめな胸を誇らしげに張る美久瑠。そうして乃亜から逃げるようにして走る速度を上げ、ブルペンのマウンドに立つ。
(このマウンド、凄くしっとりしててスパイクの歯が入りやすい。グラウンドのやつもこんな感じなのかな。やっぱり甲子園は違うね。……ああ、早く投げたい!)
普段よりも質の良いマウンドに美久瑠の心は昂る。それから乃亜が遅れて到着をするや否や、彼女は早速投球練習を開始する。
「行くよ、乃亜!」
「はいはい、どうぞ」
乃亜が急いて構えたミットに、美久瑠は次から次へと投げ込んでいく。ツーシーム、フォーク、チェンジアップ、縦に割れるカーブ、斜めに曲がるスローカーブと多彩な変化球を投げ分ける上、ストレートは打者の手元で微妙に動く。どれも真裕のスライダーのように空振りを取れる威力は無いものの、高校生でこれだけの球種を操れる投手は中々いない。
(日本一になるために、乃亜とずっと一緒に頑張ってきたんだ。今日勝って夢を叶える。私たちならできるはずだ!)
中学時代から全国制覇を目指してきた羽共バッテリー。その想いは亀ヶ崎ナインと変わらない。
そしてこのバッテリーには、とある噂があった。何と彼らは打者の心が読めるというのだ。打席に立った選手たちは尽く裏を掻かれ、自分たちの考えが見透かされているようだと口を揃える。
当然その話は亀ヶ崎に伝わっていた。羽共の選手がシートノックを行う間、二番センターで先発出場する西江ゆりは、ベンチ前で素振りをしていた四番を打つオレス・ネイマートルと紗愛蘭の三人で美久瑠たちについて話し合う。
「心が読めるってさ、どういうことなんだろうね?」
「言葉そのまま心が読めるってことではないと思うよ。おそらく相手の表情や仕草を観察して狙い球を推測してるんじゃないかな。要は洞察力が鋭いんだと思う」
「なるほど。流石に宇宙人みたいにテレパシーが使えるとかではないか……」
紗愛蘭の見解を聞いたゆりは少し残念そうに頷く。それから彼女はオレスの方に顔を向けて言う。
「じゃあさ、ちゃんオレ、私の顔を見て、私が何考えてるか当ててみてよ!」
「は? どうして私がそんなことしなきゃいけないの?」
「良いから良いから。ほら」
ゆりはオレスを真っ直ぐ見つめる。無理矢理彼女のペースに引き込まれてしまったオレスだが、眉間に皺を寄せてどうにか答えを絞り出す。
「……お、お腹空いたとか?」
「ブッブー。私もちゃんオレみたいに金髪にしてみたいでした! えっへん!」
「分かるか!」
何故か勝ち誇るゆりに、オレスは反射的に突っ込みを入れる。こうして戯れることを好まない彼女だが、ゆりが相手だとどうにも調子が狂う。ただそれはそれで悪くないと感じている部分があり、適当にあしらいたいと思っていても結局いつも反応してしまう。何だかんだで一番気を許している証拠だろう。
「……ふん。心が読めようが読めまいが関係無い。どんな相手だろうと打ち砕くのが私の役目だもの」
オレスは顔付きを整え、昂然と言い放つ。この自信は虚勢ではない。野球が盛んとは言えない母国イギリスにいた幼少期から積み重ねた数多の努力と、それを通じて得た圧倒的な技術から来るものである。そして彼女は自身の言葉通りの結果を出す。共に戦う仲間からすればこれほど頼もしいことはない。
「さっすがちゃんオレ! かっこいいぞ!」
「止めろ! くっつくな!」
勢い良く抱き着いてきたゆりを、オレスは即座に引き剥がす。これには紗愛蘭も思わず笑みを零した。ところがすぐさま彼女は何か思い付いたように神妙な面持ちに変わる。
(喩え狙い球を外し続けられたとしても、投げているボールがそれほどでもなければオレスぐらいのバッターには通用しない。きっと他にも何か長所があるはずだ。心を読める噂ばかりに気を取られて本質を見落とさないようにしないと)
未知なる相手を攻略するためには、その特徴を正確に把握しなければならない。外部からの情報に惑わされず、亀ヶ崎ナインは冷静さを保って戦い抜けるかが焦点となる。
亀ヶ崎のシートノックも終わり、バックスクリーンに備え付けられた時計の短針が五、長針が十二を指し示す。間もなく戦いの火蓋が切られる。
「集合!」
「行くぞ!」
一万人を数える観客の拍手を浴び、審判団と両チームの選手たちが本塁に整列する。やがて拍手が鳴り止み場内が静寂に包まれたタイミングで、球審から試合開始が宣告される。
「ただいまより、全国高等学校女子野球選手権大会決勝戦、亀ヶ崎高校対羽田共立学園高校の試合を始めます!」
「よろしくお願いします!」
栄冠に輝くのはどちらのチームか。まずは後攻の羽共ナインがグラウンドに散っていく。
See you next base……