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ベース⚾ガール!!!!  作者: ドラらん
30/56

29th BASE

 七回表、ツーアウトランナー一、二塁で打席に入った紗愛蘭を応援するべく、彼女の中学からの親友である篤乃、千恵、小春が駆け付ける。球場に着くや否や亀ヶ崎が窮地に追い込まれていることを知って狼狽える三人のことなど全く知らず、紗愛蘭は悲壮な覚悟で四打席目に臨む。


(京子とゆりのおかげで、もう一度チャンスが回ってきた。キャプテンとしてここで打てないことがあっちゃいけない)


 今日の紗愛蘭は羽共バッテリーに体も心も翻弄されてきた。そのため本音を漏らせば、今の彼女の胸には決して小さくない不安が渦巻いている。


(前の打席は完全に集中できてなかった。バッテリーの思うままに動かされたんだ。ここも私の気を散らせようと何かしてくるかもしれないし、それに引っ掛からないようにしないと。……って、そもそもそんなこと考えてる時点で駄目じゃないか?)


 既に紗愛蘭の脳内は羽共バッテリーのことで一杯になっている。最終回ツーアウトという極限の緊張感、自分が日本一への道を閉ざしてはならないという過剰な使命感が、彼女の柔軟な思考力を強く縛り上げていた。


 そんな紗愛蘭の状態を、羽共バッテリーは当たり前の如くすぐに見透かす。元より彼女たち自身がそうなるように仕向けたのだ。


(良い時の踽々莉さんは、一切何も考えていないかのように自然体でゆったりバットを構えてる。けど今は明らかに硬い。肩や胸に余分な力が入っている証拠だ。美玖留のあの顔とか、二度のチャンスを潰してることとか、色々と積み重なって相当堪えてるんだろうな。そのぐちゃぐちゃな有り様のまま、最後のバッターになってもらう)


 初球、乃亜は外角のカーブを要求する。こういったピンチでは慎重な入り方をするキャッチャーも少なくないが、彼女は平然とストライクゾーンにミットを構える。


「ストライク」


 美玖留の投球は寸分の狂い無く乃亜のミットに収まった。紗愛蘭は遠いと感じたのか、スイングを躊躇ったように見逃す。


「紗愛蘭、チャンスなんだからこそ積極的に行け!」

「待ってたって何も良いことないぞ! 打ってけ! 打ってけ!」


 千恵や小春が紗愛蘭に向かって声を張り上げる。篤乃は胸の前で両肘を抱えて腕を組み、強ばった面持ちで戦況を見つめる。


(紗愛蘭、私は負ける瞬間を見にきたんじゃない。私たちと一緒に過ごすはずだった時間を注いだんだから、負けて終わるなんて許さないよ)


 三人は紗愛蘭の親友であると同時に、紗愛蘭本人は彼女たちを“恩人”とも称している。今こうして紗愛蘭が野球をプレーしているのは、三人との出会いがあったからだ。


 中学時代、紗愛蘭は当初バスケットボール部に入っていた。高い身体能力と持ち前の知性を買われて一年生から積極的に試合で起用されていたが、それを妬んだチームメイトから虐めの標的とされてしまう。虐めは瞬く間にエスカレートし、やがて部内で紗愛蘭は除け者にされるようになった。


 そこに手を差し伸べたのが篤乃たちである。初めに篤乃がソフトボール部に勧誘し、紗愛蘭はすぐさま転部を決意。初心者だった彼女を小春と千恵を加えた三人が中心となって支えた。


(紗愛蘭は頭が良いし、運動神経も普通の人と比べて抜きん出てる。バスケも上手だったけど、ソフトボールだって教えれば絶対に上手くなる確信があった。だからバスケ部で虐められて仲間外れにされてると知った時は、不謹慎だけどラッキーって思ったな)


 篤乃の見立て通り、紗愛蘭はソフトボールの才能も目を見張るものがあった。めきめきと上達して頭角を現すと、始めて半年も経たない内にレギュラーを張るようになっていたのだ。

 一方で虐めに関しても、加害者たちは紗愛蘭をバスケットボール部から排除することが目的だったらしく、彼女がソフトボール部に入ったことでほとんど関わろうとしなくなった。紗愛蘭は二つの意味で篤乃たちに救われたのである。


「……スイング」


 二球目。外角低めに落ちる縦のカーブに、紗愛蘭は中途半端にバットを出してしまった。球審にはボールと判定されたものの、乃亜からアピールを受けた三塁塁審にスイングを取られてしまう。


「おっしゃ! 良い球だよ美玖留! あと一球だ!」

「焦らなくて良いからね! 私たちが守るから、打たせていこう!」


 カウントはツーストライク。羽共の内野陣が意気軒昂と声を出し、紗愛蘭を追い込んだ美玖留に更なる力を与える。


「ええ……、もう追い込まれちゃった。頼むよ紗愛蘭」

「おいおい、来て早々負けましたなんて洒落になんないぞ……」


 千恵と小春が途端に心配そうな表情を浮かべる。篤乃も顔付きこそ変化は無いものの、心臓はこれまでに感じたことがないくらい激しく脈打っている。


(紗愛蘭……。貴方はこのまま終わる人間じゃないでしょ。日本一になるって言ってたじゃない。何とかしなさいよ)


 中学卒業後、紗愛蘭と篤乃たちは全員ソフトボール部の無い亀ヶ崎に進学。元々篤乃たち三人は部活を引退した時点でソフトボールは続けないことを決めていた。紗愛蘭だけは続けたい気持ちを持っていたが、篤乃たちと離れたくなかったため同じ道を選んだ。


 ところが紗愛蘭は真裕たちと出会い、一度は消したソフトボールへの想いが再燃。篤乃たちに引け目を感じつつ、最後は彼女に背中を押されて野球部へと入部した。


 それからの活躍ぶりは改めて語るまでもないだろう。一年生の夏大でライトのレギュラーを奪うと、あっという間に中心選手となった。最上級生となってからは主将に就任し、チームをここまで纏め上げてきた。


 虐められていた過去の経験も活きた。意見の食い違いや各々の苦しい心境からチームメイト同士で衝突や言い争いが起きた際、紗愛蘭は当事者に寄り添い、孤立しないようサポートしてきた。亀ヶ崎の他を凌駕する結束力は、彼女が主将だったからこそ成し得たものと言っても良い。


 三球目、美玖留がインコースにストレートを投じる。二球連続で外角の変化球を見ていた紗愛蘭は差し込まれてしまい、バットを出せない。


「ボール」

「おお……」


 僅かに外れた。ストライクに見えた者も多く、観客席からは響めきが起こる。紗愛蘭も一瞬肝を冷やす。



See you next base……

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