27th BASE
七回表、三点ビハインドの亀ヶ崎はランナーを出せぬまま二つのアウトを取られ、窮地に追い込まれた。
《一番ショート、陽田さん》
打順は一番の京子に回る。彼女が凡退すればその時点で試合終了。亀ヶ崎は昨年に続いて決勝まで進みながら夢破れることとなる。
(三点差がなんだ。ウチが出ればまだ何とかなるはずだ)
頭にちらつく敗戦の二文字を掻き消し、京子が打席に立つ。その初球、彼女はインコースに来た投球に強振していく。
だがバットには当たらず。球種がチェンジアップだったため、京子はタイミングを外されて空振りを喫する。
(ウチがさっき打ったのはチェンジアップだったはず。まさかそれから入ってくるとは……。けどこの空振りは忘れろ。これで遅い球を意識すれば確実に速い球に詰まらされる。そうなったら良い打球は飛ばせない。まずはもう一球、迷わずバットを振り切ろう)
二球目の投球は真ん中やや外寄りへ。京子は再び強いスイングを繰り出すも、今度は縦に落ちるカーブだった。またもバットが空を切る。
「くそ……」
京子は思わず奥歯を噛む。あとワンストライクで、羽共の優勝が決まる。
(……ここまで来たな。陽田さんは変化球に合っていない上、精神的にも追い込まれてるはず。ボール球を挟んだことで余裕を持たれても困る。一気に決めるぞ、美久瑠)
(分かった。本当に乃亜は心強いね。……さあこの一球で終わらせて、二人の夢を叶えようか)
サイン交換を済ませた美久瑠がセットポジションに入る。打席の京子はバットの握りを余し、投球に備える。
(真裕みたいにファールで粘ろうと思っても、渡はほとんどボール球を投げてこない。フォアボールを取ろうなんて以ての外だ。それなら空振りしてもバットをしっかり振ろう。そっち方がきっと後悔は少ない)
美久瑠から三球目が投じられる。彼女は前の二球から一転してストレートで内角を抉ってきた。
(これも変化球? ……いや、もうそんなこと考えるな。とにかくバットを振るんだ!)
京子は疑心を捨てて思い切り腰を回転させた。鋭く振り抜かれたバットと美久瑠の投球が真っ向から衝突し、鈍く重たい音が響く。
「セカン!」
一二塁間にゴロが転がり、セカンドの吉原が即座に反応して処理へと向かう。先ほど真裕のファールフライを好捕した勢いのまま、最後のアウトも彼女が取ってしまうのか。
「オーライ!」
吉原は横に走りながら腕を伸ばして捕球を試みる。ところが打球は彼女のグラブに収まろうとする直前で大きく跳ね上がった。
「うわ⁉」
咄嗟にグラブを掬い上げてバウンドを合わせようとした吉原だが、捕球することはできなかった。打球はライトへと抜けていく。
「おお、やった!」
京子が一塁を走り抜ける。記録はヒット。イレギュラーバウンドにも助けられ、亀ヶ崎は首の皮一枚繋がる。
「ナイスバッティング京子ちゃん! こっから繋いでいくよ!」
真裕が京子に向けて拍手を送る。七回裏を迎えるために彼女のできることは、こうしてベンチから仲間を鼓舞することしか残っていない。しかしだからこそ決して下を向かず、必死に手を叩いて声を出す。
《二番センター、西江さん》
京子が塁に出たと言っても、試合の大勢にはほとんど影響が無い。これから打席を迎えるゆり、更には次の紗愛蘭までが出塁して本塁まで還ってこない限り、亀ヶ崎は敗北の結末を変えることはできない。
美玖留はゆりに対して二つの四球を与えているが、いずれも故意に行ったもの。この打席では普通にストライクを投げてくるだろう。
(私じゃ深く考えたところで、バッテリーの裏を掻くことなんてできない。それならこれまで通り来た球をフルスイングしていく方が可能性はあるはずだ)
ゆりは自らの持ち味を活かして積極的なバッティングを貫こうとする。だがその考えは乃亜に読まれていた。
(陽田さんの打ち方、やぶれかぶれで思い切りバットを振ったらヒットになったって感じだったな。まあ美玖留にフォアボールが望めない以上はそうするしか手が浮かばないんだろう。西江さんも基本的には同じようにやってくると思って良さそうだな)
初球、乃亜は真ん中低めへのスローカーブを要求する。美玖留の投球は、ゆりのスイング軌道から天と地ほど離れた場所を通って乃亜のミットに収まる。
「ナイスボール」
乃亜は何度か頷きつつ、そう美玖留に声を掛ける。彼女からの返球を受け取った美玖留は柔らかに微笑んだ。勝利を目前にして京子にヒットを許したものの、そのショックは特に無いようだ。
(陽田さんには打たれちゃったけど、三球勝負の選択は別に悪くなかった。今度は少し警戒心を強めて投げよう)
二球目、美玖留はストレートでゆりの膝元を突く。ボールと判定されたが、バッテリーとしてはゆりにインコースへの投球を見せられただけで十分だった。
その成果は直後の三球目に現れる。美玖留が外寄りのチェンジアップを投じて緩急を効かせ、ゆりに腰砕けのスイングをさせる。
「あら……」
腑抜けた声と共にゆりのバットが空を切った。これでカウントはワンボールツーストライク。再びあと一球でゲームセットのところまで来る。
「ゆり良いよ! 次もしっかりバットを振り抜こう!」
ネクストバッターズサークルから紗愛蘭が激を飛ばす。自身の打席が回ってくることを信じ、ゆりを励まし続ける。
(……ゆり、頼んだよ。私だってこのままじゃ終われないんだ)
四球目はアウトロー一杯へのストレート。ゆりは何とかバットに当て、一塁側スタンドに消えるファールを打つ。
「ふう……」
打球の行方を見届け、ゆりは頬を膨らませて一つ息を吐く。自分がアウトになれば負けるというプレッシャーに心音は増すばかりだが、スイングの感触そのものは悪いとは思っていない。
(体感的に球筋は追えてる。だから強くバットを振っても空振りする気はしないな。集中を切らさなければきっと大丈夫だ)
ゆりは左右に腰を捻り、体を軽く解してから打席に入り直す。続く五球目、真ん中からインローへと曲がってきたカーブにタイミングを狂わされ、彼女は三球目の時と同様にスイングの体勢を崩されてしまう。
See you next base……




