1st BASE
初めましての方もお久しぶりの方も、お読みいただきありがとうございます!
ドラらんと申します。
本作は女子野球をテーマにした作品、『ベース⚾︎ガール!』シリーズの最終章となります。
本作単体でも十分にお楽しみいただけますが、過去シリーズと合わせて読むと一層お楽しみいただけるかと思います。
今作の舞台はなんと、高校野球の聖地、阪神甲子園球場!
亀ヶ崎高校女子野球部が夏の大会の決勝戦に臨みます。
芽吹き、踠き、花めいた野球女子たちの集大成!
シリーズ史上最強の相手に勝利し、悲願の全国制覇を達成できるのか!
いざプレイボール!
私、柳瀬真裕の夢は、女子野球で世界一になることだ。幼い頃に男子の世界大会で優勝する日本代表の姿を見て憧れを抱き、私は野球を始めた。
夢を叶えるにはまだ道半ば。それでもひとまず高校野球の日本一に手の届くところまでは来た。高校三年生になって迎えた夏の大会でライバル校に苦戦を強いられながらも勝ち上がり、私の所属する亀ヶ崎高校女子野球部は決勝へと進出。これから最後の戦いに臨むわけだが、その舞台となるのが……。
「おお! 甲子園だ!」
夏空で燦々と照り付ける太陽の下に輝く、真っさらな黒土と天然芝。それらを囲う濃緑のフェンス。そしてセンター後方で厳かに聳え立つ巨大な電光掲示板。私は今、高校野球の聖地、阪神甲子園球場へとやってきた。夏の大会の決勝戦は明日、ここで行われる。
《三番セカンド、石井くん》
現在グラウンドでは男子の試合の真っ最中。明日で甲子園大会の二回戦までが消化される予定で、私たちの試合はその日の夕方に控えている。
「かっとばせ! 石井!」
三塁側のアルプススタンドからは、低く野太い声と澄んだ麗らかな声が調和した大声援が聞こえてくる。こうした各校の迫力ある応援も甲子園大会の醍醐味だ。明日の私たちにも向けられると思うと、色んな意味で体が火照る。
私たちは甲子園球場のある兵庫県西宮市に前乗り。昼過ぎに到着し、まずは場内の雰囲気を掴んでおくため実際の試合をバックネット裏の席から観戦する。
「……ちょっと待って。こんな大勢の前で試合するの? しんど過ぎない?」
そう言って私の隣で嘆くのは、幼馴染の陽田京子ちゃんだ。今日は休日ともあって三万人ほどの観衆が詰め掛けている。平日の明日でも万単位に達することはほぼ確実だろう。この数は普通の女子野球の大会ではまず有り得ない。
「いやいや京子ちゃん、こんな大勢だから良いんでしょ。しかも甲子園でプレーするなんてことこの先一生無いかもしれないんだから、思い切り楽しまないと」
「そりゃウチだって甲子園のグラウンドに立てるのは嬉しいよ。けどいざこれだけの人に見られると思うと……」
京子ちゃんは自分で自分の両肩を抱き、トレードマークの赤縁メガネと三つ編みを震わせる。私と京子ちゃんは小学生の時に同じ少年野球チームに入団。中学校では私が男子に混ざって野球部、京子ちゃんが女子のみのソフトボール部に入ったため一度は離れ離れとなったが、高校の女子野球部で再びチームメイトとなった。今では不動のショートとして、そしてかけがえのない友として、私を支えてくれている。
「心配いらないよ京子ちゃん。私たちなら大丈夫だって!」
私は京子ちゃんの背中を叩いて励ます。京子ちゃんなら何だかんだ言いながらも試合になれば活躍してくれる。これまでずっとその姿を見てきた。
「はいはい。……まったく、どうしてあんたはそんなにいつも呑気なのよ」
京子ちゃんは呆れ混じりに薄らと微笑む。彼女も私のことをよく分かってくれているみたいだ。
「おお!」
グラウンドでは快音が木霊し、打球が左中間を真っ二つに切り裂く。忽ち沸き起こった大歓声と拍手喝采が球場全体を包み込む。私の胸はそれに呼応して踊るばかりで、暫く落ち着くことができなかった。
一通り試合を観戦した私たちは球場を後にして宿へと戻った。入浴や夕食を済ませ、部員全員で大広間に集まって決起集会を行う。スタメン発表などの軽いミーティングをした後、主将の踽々莉紗愛蘭ちゃんが前に立って皆を鼓舞する。
「準決勝に勝ってから約三週間、遂に決戦の時がやってきました。去年はこの決勝で敗れ、目標の日本一にはなれませんでした。この悔しさは上級生ならよく覚えていると思います。今年は奥州大付属にリベンジを果たして良い流れができた上、決勝の舞台は甲子園球場です。全国制覇に向けてこれ以上の無い条件が整ったと思います。あとは明日の試合に勝つだけ。もちろんそれが一番難しいわけですが、どんな状況になって諦めず、油断せず、練習で培ったプレーを一つ一つ丁寧に積み重ねて、全員で勝利に繋げていきましょう!」
「はい!」
紗愛蘭ちゃんの熱の籠った言葉に、私たちは手を叩いて応える。彼女は常に温厚で、私たちを穏やかに纏め上げてくれる。試合では右に出る者はいないと評されるバットコントロールで安打を量産し、チャンスメーカーとしてもポイントゲッターとしてもチームを牽引する。これまで敵でなくて良かった何度思ったことだろうか。
私と紗愛蘭ちゃんが出会ったのは二年前の春、高校に入学して一ヶ月ほど経った頃だ。当時どの部にも属していなかった彼女を私が野球部に勧誘したことが始まりだった。
最初は入部を迷っていた紗愛蘭ちゃんだったが、いざチームに加わると毎日溌剌とプレーする姿が印象的で、一年生から見事にレギュラーの座を掴んだ。あの時彼女に声を掛けて本当に良かったと心から思う。
京子ちゃんに紗愛蘭ちゃん、他の皆も全員心強い味方だ。彼らとなら必ず日本一になれると信じている。
そしてもう一人、私に力をくれる大切な存在がいる。
「もしもし」
《もしもし、良いのか? こんな時間に電話して》
時刻は夜の十時に差し掛かろうとしていた。家から持ってきたTシャツと短パンを着て寝間着姿になった私は、部屋のベッドで仰向けになりながらスマホで通話を始める。
相手は同級生の椎葉丈君。男子野球部のエースとして今夏、亀ヶ崎高校初の甲子園大会出場へと導いた。自分と同じ投手ということもあって、私にとっては一年生の時から切磋琢磨するライバルである。……今のところは。
「うん。まだ消灯まで一時間くらいあるし。それに今回は一人一部屋借りられたから、そんなに大きな声出さなければ外にも聞こえないと思う」
準決勝までは一週間に及ぶ連戦だったため、私たちは複数人で一部屋を共有していた。だが今回は一泊のみということで、ベッドとテレビくらいしか無い小さい部屋ながら一人一人に一室与えられている。チームメイトと一緒の部屋で泊まるのは楽しかったが、私たちは決して遊びにきているわけではない。全国制覇の懸かる一戦を前に気を引き締めなければならないことを考えると、各々が自分の時間を過ごせる方が良いだろう。
《まじかよ。一人一部屋とか最高じゃん。良いなあ》
椎葉君は羨ましそうに嘆く。トーナメントの関係で二回戦からの登場となった男子野球部は、一昨日の試合に勝って三回戦へと進んだ。椎葉君は私たちがこちらに来るまでは残っていたいと大会前に話していたので、その目標が果たされたのは私としても嬉しい。
「ふふっ、良いでしょ」
私は自慢気に笑う。一人部屋で宿泊するのは少し心細かったので、こうして椎葉君の声が聞けると安心できる。
《いよいよ明日だな。緊張してる?》
「うーん……、今のところはそこまでかな。けど椎葉君に見られてると思うとドキドキしちゃうかも」
《なんだよそれ。俺は行かない方が良いってことか?》
悪戯っぽく答えた私に、椎葉君も悪戯っぽく聞き返してくる。私はその流れを崩さぬような口調で言葉を連ねる。
「まさか。来てほしいに決まってるじゃん」
《お、おお。そりゃ良かった。明日観にいくために死に物狂いで二回戦突破したようなもんだからな》
「いやいや、それは言い過ぎでしょ」
私が軽く微笑んだ直後、椎葉君からも笑い声が聞こえてくる。静かに作動していた部屋のクーラーが、突如風を送る勢いを強める。
それから他愛の無い会話をしている内に時間は過ぎ、消灯時間が迫ってきた。名残惜しいがそろそろ電話を切らねばならない。
《……明日、絶対勝てよ》
「もちろん。優勝するところ、ちゃんと見ててよね」
《ああ。楽しみにしてる》
一年生の頃、私が全国制覇、椎葉君が甲子園大会出場と互いの目標を誓い合った。その約束をもうすぐ果たせると思うと、私の心は自ずと燃え滾る。
「じゃあまた明日。応援してくれるのは嬉しいけど、椎葉君だって試合が残ってるわけだし、自分の体調のことも考えてね」
《うん、ありがとう。……おやすみ》
「……おやすみ」
私は瞼を落として少し目を細めつつ、通話終了のボタンを押す。一瞬にして部屋が静まり返り、私は再び自分が一人であることを実感する。だが椎葉君の声を聞けた安堵感から、寂しさに苛まれることはなかった。寧ろちょっとした幸福を感じながら眠りに就けそうだ。
「ふふ……」
薄らと頬を緩めた私は、背後の窓のカーテンを捲って外を覗く。夜空を照らす小さな星々はその輝きを過度に強めることも弱めることもせず、あるがままに光っている。
See you next base……
登場人物紹介Ⅰ
★柳瀬真裕(やなせ・まひろ)★
学年:高校三年生
投/打:右/右
守備位置:投手
世界一の投手を志す野球少女。亀ヶ崎のエースを務め、夏の大会でチームを決勝まで導いた。球威のあるストレートと決め球スライダーを武器に快投を披露し、昨年果たせなかった日本一の栄冠を勝ち取りにいく。
好きな食べ物は地元にあるサーティーンアイスクリームのポッピンサニー味。マンゴーやオレンジなどの果物をブレンドし、その名の如く太陽のように輝く黄橙色と常夏の暑さを凌駕する甘酸っぱさが堪らない一番人気のフレーバーである。
★陽田京子(ひなた・きょうこ)★
学年:高校三年生
投/打:右/左
守備位置:遊撃手
亀ヶ崎不動の一番ショート。準決勝ではサヨナラタイムリーを放ち、チームの決勝進出に貢献した。
真裕とは幼馴染で、彼女の夢への挑戦を誰よりも長く見守り、その成就はいつからか自身の願いにもなっている。
共に栄光を掴めるか。
★踽々莉紗愛蘭(くくり・さあら)★
学年:高校三年生
投/打:右/左
守備位置:右翼手
品行方正な振舞でチームを牽引する亀ヶ崎の主将。物腰柔らかながら締めるところは締める凛々しい姿は多くの仲間に慕われている。
一年生からレギュラーを張る実力を持ち、走攻守全てにおいて高校球界ではトップクラス。特に類稀なるバットコントロールと強肩はプロレベルと言われるほど。
★オレス・ネイマートル(OREZ・NAMARTLU)★
学年:高校二年生(年齢は真裕たちと同い年)
投/打:右/右
守備位置:二塁手、三塁手、その他全ポジション
亀ヶ崎の四番を務めるブロンドヘアのイギリス人留学生。一年前の秋に亀ヶ崎へと編入した。ぶっきらぼうな態度から当初はチームに馴染めなかったものの、勝利への拘りは人一倍強く、その姿勢に仲間たちも彼女を受け入れるようになった。
夏大の準々決勝では自身のトラウマを打ち破る逆転ホームランを放ち、主砲として大きな役割を果たす。