人生崩落
高校3年の夏。杉並大地と天羽美空は全長五千㎞で国内有数の山に来ていた。
この日のために二人は一日中勉強に邁進。その甲斐があったのかついにはお互いの第一志望である大学の模試判定がAに達した。
そしてかねてより計画していた神無月山でのキャンプを決行。山頂には神社がありそこで合格祈願をすれば必ず叶うというのがもっぱらの噂。
この計画を最初に提案したのは美空の方だった。彼女も別にオカルトマニアというわけではないがそこそこのミーハーでー-ある放課後急に大地の教室に襲来したと同時に彼の机に登山パンフレットを叩きつけたのだった。
交際相手の要求に断り切れなかった大地が出した要求が夏までに第一志望校でA判定をとること。
「そこの岩が苔むしてる。気を付けて」
振り返りながら美空に声をかける。
「大丈夫よ!せっかくここまで頑張ったんだから。ー-それに滑るなんて縁起が悪いもの」
美空はお調子者である。しかしまあ、大地としてはそこに惹かれたといった部分はあるのでなかなか強く出れない。
岩を超えて、崖を乗り越えて整備されていない道を己の足一つで進むのは困難ではあったが、ここ半年勉強漬けであった大地にとっては心地よさすら感じる。
カンカンと照り付ける太陽に近づいていく感覚がたまらない。
夢中で前へ前へー-そしてたどり着いた。
「神社だ!」
真っ先に騒ぎ出したのは当然、美空。ポニーテールに結んでいた黒髪はいつの間にかほどけてた。
そのまま神社の周りを一周するように周り出す。
一方の大地は疲労困憊でその場に腰を下ろした。
「よく、あそこまではしゃげるなぁ……」
自身のぱんぱんに腫れた足を揉みながら飛び跳ねる美空を眺める。
このまま順当にいけば、大地と彼女は大学に入り、そして卒業しーーやがて結婚でもするのだろうか。
「先のことなんて分からないけど、そんな未来も悪くないな」
「ーー何が?」
「うぁ!?ーーいやまあ、疲れたなーって感慨に浸っていただけだよ」
……ぐぅぅう。
美空の頬が赤い。お腹を押さえている。
今日は昼食をふもとのレストランで食べた後もう七時間は歩いた。今の時刻はわからないが夕陽が輝いている。彼女の顔が赤いのは恥ずかしさだけではないのだろう。
ーーもしかしたら自分の顔も赤いのかも。
「日が沈む前にご飯を食べちゃおう」
そういうと地面に置いたリュックサックを漁りインスタントごはんとレトルトカレー。ライターにキャンプセットを取り出す。
「簡易テントは僕がやるから、ペットボトルの水を沸かしてくれる?」
「あいあいさー!!!!」
なかなか彼女の元気は尽きない。
「ふぅーお腹いっぱい!」
お腹をなでながら美空は横になった。
そしてしばらくすると隣から寝息が聞こえてきた。
「さて、天体観測でもするか」
リュックサックの脇に無理やり取り付けた望遠鏡を組み立てて焦点を調整する。
カメラが取り付けられる高いやつーー受験期なんてお金が有り余っている。大枚をはたいた甲斐があって撮れた月面はかなり鮮明だった。
「ん?」
ガサリー-テントの開いた音に驚きつつも振り向く。寝ぼけ眼の美空がふらふらと歩く。
トイレかと思ったが、かなり寝ぼけている彼女をそのまま行かせるのは不安があった。
駆け出して追いついたタイミングでー-ぐらりと、崖がー-美空と大地が踏みしめていたー-崩落した。それは経年劣化なのか、前日に雨が降ったのか、奏楽と大地の登山に対する危機意識がなかったのかー-おそらく全てだ。
あらゆる面で僕達の意識が低かった。その結果がこの有様だ。
自責の念に後悔、罪悪感を感じながらも、美空をかばうように抱き着いた。
そして、ゴロゴロと斜面を転がり落ちる。
木が内臓に刺さり、頭部に岩が当たり、泥が目の奥までしみる。
骨が折れるのも。皮膚がめくれるのも、内臓がバラバラになるのも、僕一人で十分だ。
ーー全ての危険から彼女をかばえたわけではないけど、腕の中でおびえながら目をつむる美空はまだ息をしている。
対して自分はーー杉並大地がー-息をできていないことに気づいた。
ゴロゴロ転がり落ちて、混濁した意識の濁流に飲み込まれるようにーー。