クラスのヤンキーに「どうせ家ではお母さんにおいしいご飯作ってもらってるんだろw」って陰口叩いたら聞かれてしまい、友達になった
ある高校の放課後の教室。クラスの大人しい生徒が集まったグループが雑談を交わす。話題はクラスの不良グループについて。
「うちのクラスにも何人か不良いるけど、やっぱ一番おっかないのは“血塗れのジョー”だよな」
「うん、荒れてる隣の高校の連中叩きのめしたっていうもんな。すごいよ」
竜崎丈吾、通称血塗れのジョー。高校1年にしてこんな異名をつけられ、皆から恐れられている不良。隣の高校の連中を叩きのめしたというのは事実らしく、仲間の不良からもリーダー格扱いされている。
この年代の男子にとって、喧嘩が強いというのはやはりまだまだ憧れや尊敬の対象にもなるのである。
しかし、葉山満は面白くなかった。
彼は不良が嫌いだった。彼にとって不良とは害虫であり、まだ自立もしてないのになにをイキってるんだ、という侮蔑の対象だった。そんな奴らを褒めてどうするんだ。
だから、ついこんなことを言ってしまう。
「ふん、大したことないよ。血塗れのジョーなんて」
「お、おい……あそこにいるんだぞ」
丈吾は教室の後ろに今日は一人でいる。染めてはいないが長めの前髪に刺すような眼光を備えた彼は、数ヶ月前までは中学生だったとは思えない迫力を秘めている。
だが、満は怖いもの知らず状態の自分に酔ったような感覚になっていた。
「学校じゃ血塗れのジョーって持て囃されてるけど、どうせ家ではお母さんにおいしいご飯作ってもらってるんだろ」
言ってやった、という気分になる満。
だが、同時にちゃんと計算してもいた。この声量なら聞こえてはいないだろう、と。
ところが――
丈吾が近づいてきた。ドキリとする満。
「おい、葉山……だったよな」
「は、ひゃいっ!」
声が裏返ってしまう。しかも名前を覚えられているとは。最悪だ。
「今の聞いたよ。ちょっとツラ貸してくれよ」
不良からのツラを貸せ。中高生にとっては処刑宣告のようなものだ。満は断れないし、他のメンバーも止めることはできなかった。
満は心の中で「あーあ、僕死んだ」と思った。
***
てっきり校舎裏で半殺しコースかと思いきや、そうはならなかった。
丈吾は下駄箱から学校外に出るようだ。満はおどおどしながら彼についていく。
一体どこへ連れていかれるんだろう、と不安になる満。学ランの下はもう汗だくだ。
大声で助けを呼びたいが、そんな勇気もない。せめて目的地だけは知りたいと小声で尋ねる。
「あ、あの……竜崎君」
「ん?」
「僕らはどこへ……向かってるんでしょうか」
「俺んちだよ。15分ぐらい歩けば着く」
自宅で僕をボコるのか、やはり本場の不良は違うなぁ、などと考えてしまう満。その後は会話することもなく、二人は丈吾の家にたどり着いた。
ごく普通の一軒家。覚悟を決めて、というより諦めて、満も入っていく。
「ただいまー」
「お、お邪魔します……」
すると、丈吾の母親が出てきた。ヤンキーの母親とは思えない、優しそうで気弱そうな中年女性だった。
「あら、丈吾がお友達を連れてくるなんて珍しい。こんにちは」
「こんにちは」
頭を下げる満。
「お母さん、こいつ葉山っていうんだけど手料理を食べさせてあげたいんだ。何か出してあげてよ」
「妙な頼みね。残り物でいいかしら?」
「うん、いいよ」
丈吾の母が台所に向かう。事態が予期せぬ方向に転がり、満が丈吾に聞く。
「あの、僕をボコるんじゃ」
「はぁ? 何言ってんだよお前」
「だって、さっき僕は君のことを――」
「褒めてくれただろ。お母さんにおいしいご飯作ってもらってるって。だから、食べてもらおうと思ったのさ」
「あー……」
なんという勘違い。満は「親にご飯作ってもらってる身分で不良なんかやってるんじゃねえ」というつもりで言ったのに。
とはいえ、わざわざそんな真実を明かす必要はない。
「竜崎君のお母さんのご飯、おいしいだろうなー。楽しみだよ」
やや棒読み口調の満。
「そっか? アハハー」
まもなく、肉じゃがが一皿出てきた。満も後で晩ご飯を食べることになるので、妥当な量といえるだろう。
「いただきます」
「どうだ?」
「……おいしい!」
決してお世辞ではなかった。残り物にもかかわらず、肉じゃがはうまかった。少なくともウチのお母さんより料理上手だな、と思ってしまった。
一皿をペロリと平らげてしまう。
「とてもおいしかったよ!」
「お母さん、昔食堂でパートやってたからな」
「へぇ~」
満も気づかぬうちに、二人は打ち解けてしまっていた。
こうなると疑問も出てくる。今の丈吾は、日頃恐れられてる“血塗れのジョー”とかけ離れすぎているのだ。
満は丈吾に尋ねる。
「ええと……竜崎君。君は学校で“血塗れのジョー”だなんて言われて、不良たちとつるんでるけど……」
「ああ、あれ? あれは……高校入ってまもない頃、ゲームセンターで不良らが隣校の連中に絡まれててさ。なんかすごい勢いでボコボコにされてたんだよ。それこそ放っておいたら死んじまうんじゃってぐらい。そこに俺が止めに入って、そいつらをやっつけたら、あんなあだ名つけられて……って感じ」
満は合点がいった。元々不良だったというより、不良たちを助けたら慕われて、リーダーに祭り上げられたという感じか。“血塗れ”というのもオーバーな表現のようだ。実際にそんなに殴っていたら警察沙汰になっていただろう。
「竜崎君、喧嘩強いんだね」
「小学校の頃いじめられてて、それでちょっと格闘技を習ったからな。まあ、ホントは喧嘩になんか使っちゃいけないんだけど。あの時はしょうがなかった」
高校に入ってから、喧嘩をしたのはその一回だけらしい。しかし、その一回で隣校の連中はすっかり恐れをなしたとか。
ヤンキーなんてそんなもんだ、と内心で毒づく満。
話しているうちに、満の中で丈吾の印象は変わっていき、家を出る頃には友達のような気分になっていた。
しかし、やはり高校では二人の立ち位置が違いすぎるので、なかなか親交を深めるというわけにはいかないのだった。
***
別の日の放課後、満はいつもの大人しめのグループでつるんでいた。
一方、不良グループは丈吾も連れて帰宅しようとする。
「ジョー! ゲーセン行こうぜゲーセン!」
「……おう」
「いやー、お前がいるとデカイ顔できるから助かるわ! マジで!」
笑い声を上げながら教室を出ていく。
改めて見ると、丈吾はあまり乗り気ではない。仕方なく付き合いで、という感じだ。
満はそんな様子を見ながら、「竜崎君は根が優しいから利用されてるだけなんじゃ」と不安に感じてしまう。
そして――
「ごめん僕、ちょっと用があるから!」
といつもの友人たちに別れを告げ、不良グループを追うのだった。
***
駅前のゲームセンターに入った不良グループは、我が物顔で振舞っていた。
「ギャハハハハ、ずりーぞ!」
「喰らえ、殺人コンボ!」
「店員さーん、この景品取れねーよ。調整してよー!」
大騒ぎして、筐体を占領し、時にはバシバシと叩く。ジュースを飲み、ゴミは散らかしっぱなし。不良の名に恥じない傍若無人ぶりであった。
一方、“血塗れのジョー”こと丈吾は、彼らの周囲をつまらなさそうに見張ってるだけ。
彼が睨みをきかせているから、隣校のワルは近寄ってこず、連中はゲームセンターの貴族でいられるのだ。
「竜崎君……」
声をかけることはできなかったが、このままでは丈吾のためにもならないと、満は感じた。
***
次の日、満はタイミングを探った。丈吾が一人になるタイミングを。
これからする提案を、他の不良連中に聞かれるわけにはいかないからだ。
2時間目の数学が終了した後、チャンスは訪れた。
「竜崎君、ちょっといいかな……」
「ん?」
教室を出て、人気のない場所まで誘い出す。
「どうしたんだよ」
「あ、あのさ……」
意を決したように、満が言う。
「不良グループにいるの……やめない?」
「!」
「ゲームセンターでの君を見たんだ。あいつらの見張り役みたいにされてる君を……。だから……」
「ちょっと待てよ。別に俺はあいつらのパシリとかじゃないぜ。対等な付き合いだ」
満の期待に反し、憤慨する丈吾。
彼も数ヶ月不良グループにいるわけだし、それを横からハリボテな付き合いだと言われたらプライドは傷つき、腹も立つだろう。
「……お前はいい奴だよ。だけどこういうところまで関わってくるなよな」
学校では丈吾はあくまで不良の一員。満は真面目グループの一員。あの日は確かに仲良くなったけど、所詮は気まぐれのようなもの。そこはお互い線を引いておこうというつもりだ。
だが、満は引かなかった。
「分かってるよ。けど……」
前を向く満。
「このままだと、あんなおいしい料理を作ってくれてる君のお母さんも悲しむことになると思うんだ」
「お母さんが……なんでだよ」
「あいつら、君の威を借りて、きっともっととんでもないことをする。そうなったら君も巻き添えだ」
それは丈吾も気づいていた。ゲームセンターでのグループの我が物顔っぷりは明らかに目に余る。
「それにさ……やっぱり僕、君と友達になりたい!」
「……!」
こんな言い方まるで愛の告白だと思い、慌てて取り消すような仕草をする満。
だが、丈吾はニヤリと笑った。
「俺もお前とダチになりてえ」
そして、こう告げるのだった。
「分かったよ……。今日、あいつらにグループ抜けるって言うよ」
***
放課後、丈吾が不良グループを集める。それを離れた場所からハラハラしながら眺める満。
「なんだよ、ジョー」
「俺……このグループ抜けるわ」
「言った!」と満は思った。
当然、不良たちは「は?」「何言ってんの」といった反応。が、丈吾は撤回する気はないと毅然とした態度を取る。
「ちょっと来いよ」
グループの実質的なリーダー、達也が言った。
丈吾はうなずく。
ぞろぞろと教室を出ていく。
もちろん、満もついていく。彼らに気づかれないようにではあるが。
***
不良グループが向かったのは校舎裏。滅多に人の立ち入るところではない。達也がグループを代表して、問い詰める。
「抜けるってどういうことだよ」
「だから……俺はお前らとつるむのやめる。抜けさせてくれ」
「困るんだよ。お前がいなくなったら」
丈吾は答えない。
「なぁ、頼むよ。お前がいてくれないと、隣校の連中も図に乗るだろうしさ。助けてくれよ」
哀願するような口調。が、同時に本音も出てしまっている。お前は俺らにとっての盾なんだと。
「図に乗らせればいいだろ。俺はもう……ゴメンだ」
達也は露骨に顔をしかめると、丈吾の腰を蹴った。
よろける丈吾。
「みんな、こいつやっちまうぞ。なあに、こいつは優しいからな。反撃はしてこねえさ」
そう言いながら、顔面にパンチを見舞う。
丈吾は反撃しない。グループを抜けるのだからこれぐらいの制裁は当然、という風に我慢している。
これを見て、二人目、三人目と続く。
「ざっけんな!」
「俺らナメんなよ!」
「オラァッ!」
私刑が始まった。
丈吾も防御はしているが、こんな仕打ちをされても反撃するつもりはないらしい。やはり根が優しすぎる。
リンチが進むと、達也らとしても、「あんなに強い“血塗れのジョー”をボコボコにしてる俺らすげえ」というテンションになってくる。止める気配が全くない。
このままじゃ病院送りにされてしまう。居ても立っても居られなくなった満が飛び出した。
「やめろおっ!」
達也が驚く。そして、意外そうな顔で言う。
「ビビった……誰かと思えばクラスの陰キャ君じゃん。名前なんつったっけ?」
「確かハヤマだったぜー」
勇気を出して飛び出したのに、まるで相手にされてない。屈辱に歯噛みする満。
「で、なんの用だよ。葉山」
「竜崎君を殴るなら、僕を殴れ!」
「ハァ? なんだそりゃ。お前ホモか?」
「竜崎君に君らのグループ抜けるように言ったのは僕なんだ!」
「……なんだと?」
眉をひそめる達也。
満はさらに続ける。
「家ではお母さんにご飯作ってもらってるくせに……イキがってリンチなんかすんなぁっ! 不良どもぉっ!」
勢い余って暴言を吐いてしまった。
これにはさすがにカチンときたのか、表情が変わる。
「このクソ陰キャが……だったら望み通りにしてやるよ!」
殴られた。
さらに一発。
二発目は顎に入ってしまい、満の視界が揺れる。
「ぐうう……!」
ダウンなんかさせねえぞと襟をつかむ達也。
「おい、ジョー。こいつボコられたくなかったら、俺らから抜けるなんて――」
直後、凍り付く達也。
丈吾が怒りの形相になっていた。
かつてゲームセンターで自分たちを助けてくれた時の顔だ。
彼の怒りに火がつくのは“こういう局面”なのだ。
「ひっ!」
「てめえ……。よくも葉山をやりやがったなァ!」
「ひいいっ!」
裏拳一閃。
達也は一発でのびてしまった。
丈吾は他のメンバーも睨みつける。
「てめえら……二度と俺に近づくな! でなきゃ潰す!」
「ひいいいっ!」
「わ、分かった!」
「逃げろ!」
逃げる不良グループ。
達也も立ち上がり、よろよろと逃げてしまった。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう……」
満は殴られた箇所をさすりながら言った。
「これが殴られる感触か……。こんなの大したことないね」
「ハハッ、葉山のがあいつらよりよっぽど根性あるぜ」
***
丈吾の怪我も大したことはなく、二人はそのまま彼の家に向かった。
「ただいまー」
「お帰りなさい。あら、葉山君も一緒なの」
「お邪魔します」
「せっかくだから、何かおやつでも作るわね」
丈吾の母親はクッキーを作ってくれた。
二人で食べる。手作りクッキーならではのあっさりした味が、今の二人の舌にはよく合った。
「おいしい!」
「だろ!」
ジュースを飲みながら、お互いの健闘を称え合う二人。
「ありがとよ。お前がいなきゃ俺はずるずるあのグループにいたと思う」
「僕こそ余計なおせっかいしちゃって……」
「いや、余計なんかじゃない。これでお母さんを悲しませずに済むよ。そうだ、今度お前のお母さんにも会いたいな」
「いいよ! じゃあ僕の家にも来てよ! 漫画とゲームはいっぱいあるしさ!」
「マジ? 行く行く!」
二人で難局を乗り越えたことで、満と丈吾は戦友のような様相になっていた。
「お邪魔しました」
と竜崎家を出る満。
そして自宅に向かって歩こうとすると、誰かが追ってきた。
最初は丈吾かな、と思ったが――
「竜崎君の……お母さん」
「葉山君……だったわよね」
「は、はい」
「ありがとう」
「え?」
「あの子、家にいてもずっと学校が楽しくなさそうで……だけど、あなたを連れてきた時は本当に楽しそうだったの。きっとあなたが丈吾を救ってくれたんだと思う。本当にありがとう」
「いえ……」
助けたのは事実かもしれない。が、そのきっかけが情けない陰口だったことを考えると、胸を張る気にもなれない。照れくささが勝ってしまう。
「これからもあの子と仲良くしてあげてね」
しかし、この問いに対しては胸を張って「はい!」と答えた。
***
これ以後、満は丈吾と学校でもつるむようになった。
真面目グループの面々は最初戸惑ったが、丈吾の素の性格を知ると、すんなり受け入れてくれた。
一方、達也率いる不良グループは“血塗れのジョー”が抜けたことで、学校でも町でもでかい顔をできなくなり、勢いと存在感をなくしてしまった。ある意味クラスで一番の地味グループとなり果てている。
しかし、あのままゲーセンの貴族でいたらいつかは隣校の連中から制裁を受けるはめになっていただろうし、彼らは彼らで救われたのかもしれない。
放課後、満が元気よく丈吾を誘う。
「丈吾君、今日は僕んちに遊びに来ない?」
「行く行く!」
満と丈吾は親友同士となり、末長い付き合いをすることになるのだった。
~おわり~
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。