『あなたは今日から我が家の子どもです』(1000文字版)
双子の月明かりが届かない暗い夜。
雨の中、首輪をはめられた子供たちが歩いている。
向かう先にあるのは古びた洋館。
雨天だというのに、そこには大勢の人間が詰め掛けていた。
「その子の顔を見せてくれないか」
薄暗い室内。真っ黒な礼服に身を包んだ男。彼の前には檻がある。
頑丈な扉が開き、鎖に繋がれたなにかが引きずり出された。
それは少女であった。
男は頷くと、鎖の端を持つ老人に金貨を握らせた。
雨が止んだころ、少女は巨大な屋敷の前にいた。
「おかえりなさいませ。旦那様」
使用人たちに迎えられ、男は少女を置いて屋敷に入っていく。
うろたえる少女の前にメイドが歩み出た。
メイドは笑って手を差し伸べる。
「あなたは今日から我が家の子どもです」
手を引かれて向かったのは浴室だった。
泥と垢を洗い落し、髪を乾かして上等な部屋着を着せられる。
以前と全く違う扱いに、少女は困惑した。
メイドは言葉少なに少女の世話をした。その待遇は贅沢なものだった。
食事は3食欠かさず用意され、寝床は固い地面ではなく柔らかいベッド。
少女は幸せな日々に戸惑いながらも、幸福を噛み締めていた。
数週間がたち、メイドは食後に少女を勉強机の前に連れて来た。
「今日からはお勉強を始めます」
理由を尋ねた少女にメイドは本を渡した。
「勉強しない悪い子はこの家を追い出されるからです」
少女は昔の生活を思い出して身震いした。この家を出たくない。
おびえるように少女は渡された本を開いて机に向かった。
「いい子ですね。そうしていればずっとここにいられますよ」
さらに一か月後、少女はメイドの服を着せられていた。
「今日からは見習いの仕事をしてもらいます」
少女はもう理由を尋ねなかった。
ここで暮らせることがどれほど幸福であるか。
勉強して知ったからである。
今の生活を手放したくない。
そのためにはいい子であり続けなければならない。
先輩に習って、少女は屋敷の仕事を覚えていった。
そして8年がたち、少女は大きくなった。
先輩は4年前に失踪した。
旦那様の機嫌を損ねたから。他の使用人はそう言っていた。
この日、少女は普段より気を引き締めていた。
今日から新しいお役目が始まるのである。
帰って来た旦那様はいつも通り屋敷に入っていく。
門の前には女の子が取り残されていた。
みすぼらしい格好で所在なさげにしている。いかにも心細そうだ。
少女はその子に目線を合わせ、笑顔を作って言った。
「あなたは今日から我が家の子どもです」
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