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転生したら和風乙女ゲームの世界で攻略対象を誑かす悪女になっていました  作者: 風待紫翠


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3/12

ヒロインを探して

「数週間ぶりのお休みなのに、私に付き合ってもらってごめんね」

「全然。気にしないで。人手は多い方が良いでしょ」

 私と同じく多忙な彼を私の用事で連れ出すことに今更ながら罪悪感を抱きながらも、致命的な失敗を犯した日の翌日、私たちは花街を抜け出して元城下町へと繰り出していた。




「ここに来るのも久しぶりね。せっかく来たんだからいろいろ見てまわりたいところだけど、まずはヒロイン探しからだわ」

「それで、この辺りにヒロインの家があるということで良いの?」

「そうよ。いかにもお金に余裕がありそうな人が住んでいる感じでしょう」

 道行く人たちも、皆質の良い着物を着ているのが分かる。


「今更だけど、攻略対象ならまだしもヒロインのお金持ち設定って乙女ゲームにしてはちょっと珍しい気がするわよね」

「そうなの?」

「ええ、女の子はシンデレラ願望がある人が多いもの。平凡な主人公が王子様みたいな素敵な人と結ばれる、とかがやっぱり定番になってきてしまうのよね」

 シンデレラストーリーはいつの時代も女性の夢なのだろう。


 黎はしばらく考え込むようにしていたが、やがて、

「そういえば、その鈴が前世でやってた『乙女ゲーム』ってそもそもどんな感じの話なの?」

 と言った。


 そういえば、黎は私の愚痴でこのゲームにおいてわたしが辿ることになる様々な末路は知っているだろうが、大筋のストーリーは知らなかったかもしれない。


「……結構暗いと思う。というか、そもそも乙女ゲームって黎が想像するより暗いものが多いと思うけど、その中でもトップクラスに暗い作品だったわ」

 『乙女ゲーム』と聞いて、プレイヤーが主人公ヒロインに感情移入してイケメンと恋愛するだけ、と思う人は前世でも多かったが、そんなことはない。


 まず、昨今の乙女ゲームの主人公ヒロインは個性がありすぎて感情移入しにくい。もちろん中にはそうやって楽しむ人もいるだろうが、私はまったくそのタイプではなかった。

 攻略対象を推すのと同じくらいの勢いで、主人公ヒロインも推していたことが多かったのだ。


 そのうえ、恋愛しかしていない乙女ゲームなんてほとんどなく、何かしら他に大きな物語の本筋があることが多い。事件を解決したり、異世界に飛ばされたり、とにかく生きるか死ぬかのギリギリの状態でストーリーが進んでいくことも珍しくない。

 そんなわけだから、乙女ゲームはしょっちゅう人が死ぬ。乙女ゲームで人が死ぬというと、大抵首をかしげられるのだが、乙女ゲームを何作もプレイしてきた人ならきっと分かってくれるはず。とにかく簡単に人が死ぬ。


 そしてそういう、ちょっとぶっ飛んだ設定、世界観の方がヒットしやすいのだから謎である。


「あとは、攻略対象は朱雀と黎を含めて四人よ。隠しキャラはないパターンだったから、攻略対象の人数としては少ない方ね。最も、一人一人のルートが長すぎてボリュームとしては凄い量だったんだけど」

「僕と朱雀様以外だとどんな人がいるの?」

佳月かづき柊弥とうやよ。佳月はヒロインのお屋敷の近くに住んでいる商人の息子で、柊弥は国のお役人。今のところ私はどっちとも出会ってないわ」

「それなら、今のところは心配ないかな」

「そうね」


 乙女ゲームに思いを馳せていたら、そもそもエンディングに辿り着けなかったことも多かったのを思い出した。

「私、今までヒロインがハッピーエンドかバッドエンドかのどちらかに辿り着く前提で話を進めてきたけど、中途バッドの可能性もあるのよね。あんまり考えたくないけど」


「中途バッド? 聞いたことないんだけど」

「というか、『つごもり夢見草ゆめみぐさ』は、バッドエンドよりも中途バッドの方が結構精神的にきついものが多かった覚えがあるわ」

「それ、大丈夫なの?」

 黎が不安そうな表情をする。


「私は全然大丈夫。大変なのはヒロインと攻略対象よ」

「……なら、まあ良いか」


「えぇ、ちょっと酷くない? 確かに私たちには関係ないかもしれないけど、朱雀なんて、もう何度も会っているし、ヒロインは……まだ会ったことないけど、でもどこかで誰かが死んだり、苦しんだりするのを分かっていて、自分たちに関係ないまらまあ良いか、ですませるのはちょっと……」

「あはは、やだな、冗談だよ。回避できるものなら回避した方が良いよね。……本当、相変わらず鈴は優しいね」


「優しくないわ、後から後悔して苦しみたくないだけだもの。全て自分のためよ」

「ううん、優しいよ。……これ以上、悪い男に付け入られないようにね」

「……どういう意味?」

 黎は曖昧に微笑んだまま、何も言わない。

 言いたいことはまわりくどい言い方をしないで、はっきり言ってといつも言っているのに、彼は時々こうしてよく分からないことを言う。




 その時だった。

 前世で何度も見ていた美少女が前を横切ってゆく。

「あ、いた! ヒロイン!」

 私は、思わず大きな声を出してしまった。


「え、嘘でしょ。見つけるの速すぎない?」

 黎の言葉に、私も心から同意する。


 美少女ヒロインは不思議そうな表情で私の方を振り返る。

「あの、私になにか?」

 しまった。もっと自然に話しかけようと思っていろいろとシミュレーションしていたのに、さっきの一言で全部ダメになった。


「えっと、あの……どこかでお会いしたことありませんか?」

 どうしよう、我ながら下手なナンパのようなセリフを選んでしまった……

「人違いではないでしょうか?」

 ですよね!


 ああ、行っちゃう。待って、ここで話しておかないと、私かあなたか、もしくは二人とも不幸になるのよ。

「待って。さくらさん。お願い、どうか私の話を聞いてください。あなたも知っておかなければならないはずなの」


 追いかけて、彼女の腕をつかむ。

「……どうして、私の名前を知っているのですか?」

 ヒロインは驚いた表情をしていた。


 接客業の究極のような仕事をしているにも関わらず、我ながら酷い声の掛け方だったと思う。

 ——仕方ない、これで緊張しないで話せるようなら逆にどうかしている。




「ということで、私は怪しいものではないのです。急に話しかけてしまい、申し訳ありませんでした。ずっと、あなたのことを探していたのです」


 苦し紛れに、近くの甘味処を指して「あそこで話しませんか?」と言ったところ、意外なことにヒロインはその提案にすんなりと乗ってくれた。

 ひとまず、私は席に着くとすぐに、自分がすぐそばにある花街の芸者であることを告げた。お嬢様育ちなら知らないかもと思ったが、幸運なことに私の名前はさすがに知っていたらしい。


「なぜなのでしょう? あなたが私を探さなければならない理由が分かりません」

 ああ、ドキドキする。ここで出方を誤ったら、私は自分で自分の首を絞めてしまうようなものだ。


「朱雀さまをご存知ですよね。さくらさま」

 前世の推しは、今世では時代が時代なら貴族であることに気づき、呼び方を改める。


「えぇ、彼は私の婚約者です。それがどうかなさったのですか?」

「……彼が最近、花街に通いつめていることはお気づきでしょうか?」

「知ってます」

 どうしよう、どう言ったら誤解を与えないだろうか。


「実は、彼は私に会いに通っているのです」

「……そうなのですか。あの人は、あなたみたいな人が好みなのですね」

 彼女は、少し暗い顔をすると、目線を下げた。


 そして、

「なるほど、だからあなたは、私の名前を知っているのですね。……あなたは、私にあの人との婚約を破棄しろと言いにきたのですか?」

 と静かな声で言った。


 私は、バッドエンドのあなたの絶望をこの世界で見たくない。

「いいえ、違います! そうじゃない、あなたに伝えたいのはこんなことじゃないの。……私は、あなたに不幸になってほしくないのです。でも私は卑怯な人間だから、私も不幸になりたくない。共存できる道を模索したいのです」

 彼女は何も言わない。


「まず、私はあなたの婚約者を誑かしたいわけじゃないんです。こう言うと人聞きがわるいけど、朱雀さまが私のもとへ通っているのは、全て朱雀さまお一人でなさっていることなのです。あなたのようなお立場の人には理解できないかもしれませんが、私はたとえ嫌でも拒否できない立場にいるんです」

「拒否できない?」


「はい。一介の芸者風情が、朱雀さまのような身分ある方を相手に、興味がないからもう来ないでくれ、とは決して言えないんです」

「なぜなのでしょう。嫌なら、言えば良いのではありませんか」

 生粋のお嬢様育ちの彼女には、私の言っていることが分からない。でも私がそれを推測できるように、彼女だって私が説明すれば想像できるかもしれない。


「そんなことをしたら、私は芸者をやめなければならなくなってしまいます。朱雀さまのような上客に恥をかかせたりしたら、花街から永久追放になってしまうわ。それでは、困るのです」

「食べてゆけなくなるから?」

「いいえ、そういう問題ではありません。私は、生半端な覚悟で芸者をしているのではないのです。七つの頃から、芸者として生きていくために、親元を離れずっと修行をしていました。今もです。芸の道は果てしない。私は、私の憧れの人に少しでも近づくために、続けているのです。こんな中途半端なところでやめるのは、嫌なのです」

 もちろん、死ぬよりはましだけれど。

 そこは見誤らない。人の命より重いものはない。それは、誰かの命でも、自分の命でも同じこと。


「それなら、あなたは一体私にどうしてほしいと言うのですか?」

「どうか、この現状を許してください。これから、私の方でも頑張って朱雀さまと少しずつ距離を取れるように努力いたします。さくらさまが朱雀さまと結婚なさるまでには、きっと私のもとに通っていない状況にできることをお約束いたします。ですので、私が約束を守る限りは、他言しないでいただきたいのです。特に、さくらさまのご両親に。……誓って、朱雀さまのことはなんとも思っておりません。私の人生には芸事と、それからこの私の大切な友人がいれば、あとはどうでも良いのです」


 私が黎を指して言うと、急に話を振られた黎は驚いた顔で私を見つめていた。

「え、僕?」

 そうよ、黎。私の誤算。

 私があなたを壊したなら、私は最後まで責任を持たなくてはいけないでしょう?




 しばらくの沈黙の後、彼女は口を開いた。

「……分かりました。この状況を許します。それから、お父さまやお母さまはもちろん、他の誰にも他言しないと約束します。あなたが嘘をついているとは、思えませんから」

「「えっ?」」

 私と黎は同時に驚きの声をあげた。

 こんなに簡単にいくとは思っていなかったから、びっくりしてしまう。


「けれど、それはあなたの約束が守られた場合だけです。もし、私が朱雀さまと結婚したあとも、お二人の関係が続いているようなら、私は躊躇なく両親へ言いつけます」

「もちろん分かっています。約束は約束です」

 私がきちんと向き直って答えたら、彼女は少し微笑んだ。


「あなたの頼みを聞き入れます。……だから、私の頼みも聞いてもらえませんか?」

「もちろんです。私たちにできることなら、なんだって聞きます!」

 彼女は一体私に何を頼みたいというのだろう。


「……帰り道が、分からないのです」

 告げられたのは、予想外の言葉だった。




「でも、そうよね。彼女ほどのご令嬢が、一人で街を歩き回っているはずがないもの。お付きの人とはぐれた、なんて聞いたときには驚くと同時に納得してしまったわ」

 彼女は、一人で歩く街並みが珍しいのか、辺りを見回しながら、いろいろな店へ出ては入ってを繰り返している。


「でも、どうするの? 案内はできるだろうけど、名前どころか家まで知っていたら、いよいよ不審者じゃない?」

「ああ、本当だ。普通に案内すれば良いかと思ってたけど、そうはいかないのね。どうしよう……屋敷の特徴を聞いてみて、思い当たるところがあったことにしましょう。ええ、そうしましょう」

「……花街生まれ花街育ちで修行ばかりしてきた芸者が、花街以外の町についてちょっと聞いただけですぐに場所が分かるなんて、逆に怪しいと思うんだけど? ……だめだ、聞いてない」


「さくらさま、お屋敷の特徴を教えてくださいませんか? あとは、周囲にあった特徴的なものとか」

 彼女が告げた情報から、なんとも今思いついたかのような演技をして、無事に屋敷へと送り届ける。


 ……黎が「演技下手じゃない? わざとらしすぎない?」なんて言っているのは、聞こえなかったふりをするに限る。




「ありがとうございます。送っていただいて、助かりました」

「いいえ、お話することができて、良かったです」

 乙女ゲームのヒロインというのは、全員が全員こんなに良い人なのだろうか。

 願わくは、あなたがこの先不幸な道を歩みませんように。


 私たちは、もう二度と会うことがないかもしれない。いいえ、そうであることを願うしかない。

 だって、もし次があるとしたら、それは私が破滅するときに違いないのだから。



     ◇



 と、思っていたのだが。

「こんばんは、鈴さん。またお会いすることができて嬉しいです」


 ……四日後の夜、私をお座敷に呼び出したのは、他でもない彼女だった。

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