大団円
黎視点→鈴視点
「黎さん? いらしてくださったんですか。わたしお父さまにここに閉じ込められてしまって。つっかけがしてあって、中から開けられないんです。助けていただけませんか?」
屋敷の入口近く、小さな小屋の窓から見覚えのある人物が名前を読んだ。
門番に怪しまれないように、塀を伝って来たのだが、予想以上に広く、どこへ行けば良いのか分からなかったところだったため、すぐに彼女に出会えたのは幸運だった。
言われた通りに、外から小屋を開けると、さくらさんは丁寧にお礼を述べた。
「黎さん、本当にごめんなさい。わたし、お父さまに考え直してくださるように頼んだのですが、生意気だと怒られてしまって。それに、わたしが鈴さんとお友達だったことを言ったら、何を勘違いしたのか鈴さんがわたしのことをだましているなんて言って、わたしをこの小屋に閉じ込めたんです」
「鈴、どこにいるか分かりますか?」
「恐らく、離れの座敷牢だと思います。ここからそう離れてはいません。案内します」
さくらさんが迷いなく進むのを追いかけてついてゆくと、すぐに目的の場所へ辿り着いた。座敷牢など大きな屋敷にしかないため、本物をみたことはなかったのだが、こうしてみてみると想像以上に物騒だ。
「さくらさま! 先ほど旦那様にさくらさまは奥様と一緒にいると言われましたが」
座敷牢の前に立っていた男が驚いた声をあげる。
「お父さまに用ができたから、ここへ来たのよ。開けてもらえる?」
「いえ、しかし。旦那様に開けるなと言われておりまして。それに、その方は誰です?」
「わたしのお友達よ。いいから、開けなさい。時間がないの」
「は、お友達ですか……でしたら、旦那様に聞いてまいります。少しお待ちください」
「時間がないと言っているでしょう。わたしの我が儘ということにして良いから」
さくらさんはそう言うと、男の止める声も聞かずに、扉に手をかけて、開けてしまった。
暗い牢の中に日の光が差す。そこには花園様と、3人の男たちに囲まれた鈴の姿があった。
〇〇〇
「つまり、お前は娘の婚約者を誘惑するだけでなく、娘のこともだましていたのだな」
「さあ、知らないわよ。私が朱雀さまに好かれたのは、そのあなたの娘よりも私のほうが魅力があったからに決まっているでしょう。言いがかりはよして」
偉そうに話していた男が呆れたようにため息をつく。
私を捉えていた男の一人が逆行したように私を叩こうとしたため、腕を振りほどいてよけようとしたが、うまくいかずに、頬をはたかれてしまった。
その時、突然に扉が開かれた。
暗かった座敷牢に急に光が入ったことで、思わず眩しくて目を閉じてしまう。
「鈴さん!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「さくらさん……」
彼女は急いで私の傍へと寄ると、男の方へ向き直った。
「お父さま、わたしの大切なお友達になんてことをしているのですか」
「大切な娘をだましたその女を、今から売り飛ばしてやるところだ。それとも、ここで殺してしまう方が良いか」
震えながらも私をかばうさくらさんに、私は小さな声で告げる。
「さくらさん、もう良いわよ。私がだましたってことにしてしまいましょう。ここまであがけただけでも、私は嬉しいんです。私も、あなたも、両方幸せになれる結末なんて、初めから存在していなかったのだから」
泣きだしてしまった彼女を見て罪悪感に駆られながらも、入口辺りで立ち止まっている黎を見つめる。
「どうしてこんなところにいるの、黎」
「助けにきたよ、鈴」
彼は馬鹿なのだろうか。私に裏切られたばかりだというのに。
「頼んでないわ」
「そうだね、頼まれてない。でも、一度巻き込まれたものを見なかったふりで終わらせることはできないから」
「……私、このままここで終わるのが正解だと思うの」
「僕はそうは思わない」
「でも、黎はいつだって私の言うことを聞いてくれるでしょう? 私が頼んだことを断れないでしょう? だから、今回もそれと同じよ。私がここで終わると言っているんだから、ここで終わるの」
彼を壊すつもりはなかったとはいえ、結局そうなってしまっている以上、最後くらいそれを利用したって良いだろう。
「今回は、聞いてあげない」
ああ、可笑しい。私は微笑んで、
「じゃあどうするのよ、黎。あなたは何も出来ないわよ。私と同じ」
と言った。
「できるよ」
彼は小さく呟くと、私の傍へと近づいてきた。
さくらさんの乱入により、男たちは私から少し距離をとって様子を伺っており、私を拘束していたのは一人だけだった。
黎はその男に向き合うと、突然、ナイフを首元へ近づける。
「離せ。離さないと、このまま首を切る」
ええ、まさかの武力行使……
当然様子を伺っていた二人の男は、黎を捉えようと近づいてくる。
「来ないで! これはわたしの命令です。もしこれ以上近づいたら、全員クビにして屋敷から追い出すわよ!」
ヒロインがヒロインらしからぬことを言っている。
男の腕を脅しで無理やり離して、私の手首に掛けられていた縄をほどいた黎は、そのまま私の傍で一緒に座り込んだ。
「黎、ちょっとこれは物騒じゃない? このままだと、黎も捕まっちゃうわよ」
「鈴と一緒にいられるなら別にそれでも良いけど」
私はいくら黎でも、牢屋で仲良く二人きりなんてちょっと嫌なんですけど……
「お父さま、わたしの話を聞いてください」
「お前の話など、聞くに値しない」
「いいえ、花園家次期当主の言葉ですよ。お父さま。聞かないなんて言わせません」
「ほお、次期当主は朱雀の予定だが」
さくらさんは花園さまに近づく。
「わたしは、あの方とは結婚いたしません」
「お前に選択権があるとでも思っているのか」
「ええ、思っています。わたしが誰と結婚するかは、わたしが決めます。わたしの人生はわたしのものです」
さくらさんはそこまで言うと、少し深呼吸をした。
「お父さま、お父さまが今見ているのは、なんでも自分の思い通りになるお人形じゃありません、花園さくらという一人の人間なんです。わたしは今まで良い娘になれるように必死に努力してきました。でも、わたしは、朱雀様とは結婚できない」
「なぜだ? お前が朱雀と結婚しないと、この家は没落するぞ。経営難に陥っていることは、お前も知っているだろう。向こうは花園の家名が欲しい、私たちは家を立てなおす金が欲しい。これ以上なく良い縁段ではないか」
「なぜ、没落するのでしょう? よく考えてください。お父さまは自分の失敗の尻拭いを、娘にさせようとしているのですよ。恥ずかしいとは思いませんか?」
ここまで落ち着いて聞いていた花園さまは、少し険しい表情をした。
「娘は家に繁栄をもたらすものだ。男の言うことに黙って従っていればよい」
「いいえ……私は、彼女たちに出会って、いかにわたしが何も考えずに生きてきたのかを知ったんです。努力もせずに、不満ばかり抱えていて、そしてそれを言葉に出すことすらできない。でも、そんな自分は変えられるということも学びました。お父さま、昔はこんなではなかったはずです。お母さまが病気になってからでしょう? わたしを外に出して下さらなくなったのは。家の経営が傾いたのもその頃からです」
「……気づいていたのか」
「はい。お父さま、どうしてお母さまが倒れられてから家の経営が傾いたか分かりますか?
「さあ」
「お母さまの働きがなくなったからです。お母さまはいつも冷静に物事を見ている人だから、経営にも的確な指示を出していたし、お父さまの精神的な支えにもなっていた。お父さまは全て一人でやってきたつもりになっていたかもしれないけれど、そうじゃないんです。皆、自分一人の力では生きていけないんですよ」
さくらさんは花園さまの返事を真剣な表情で待つ。
やがて、花園さまは口を開いた。
「……お前は私が思っているよりも賢かったのかもしれないな」
その言葉を聞いたさくらさんは、少しだけ微笑んだ。
「お父さまが考えているより、わたしは賢いし、強いですよ。だから、聞いていただけますね。わたしの我が儘を」
花園さまは少しため息をつくと、
「今までの詫びだ。なんでも聞こう」
と、少し間が悪いような表情で告げた。
「まず、わたしのお友達を解放なさってください。その方たちは、わたしに自分の人生というものを思い出させてくれた恩人でもあります」
「分かった」
その言葉を聞いて、私は黎と目を見合わせる。
「だって、黎。危ないからそれ、下げてちょうだい」
黎は私に抵抗することはせず、おとなしくナイフを手からおろした。
「物騒よ、本当に。帰ったら覚えてなさい。一晩中文句言わせてもらうわよ。それ、元は一体何に使うつもりだったのかしら?」
「ああそう。じゃあ僕は鈴の身勝手な行動に軽く数日は文句言わせてもらうけど」
「生意気……」
小声で言い合いが始まる。
「それから、わたしと朱雀さまの婚約を破棄してください。あの方とわたしが結婚することで一時は持ち直したとしても、朱雀さまが当主になったら花園家はそれこそ終わりだと思います」
さくらさんの言葉に私は心の中で全力で同意する。
親の金で女遊びするような男がまともな金銭感覚を持っているとは思えないもの。
「朱雀さまが継がない代わりに、わたしが花園家を継ぎます」
彼女の表情に、もう迷いはなかった。
「商いについて学んだことなどないだろう」
「学ぶ機会を奪われたものですから。でも、わたしには商いに対する興味もやる気もあります。だから、どうか学ばせてください」
さくらさんは頭を下げた。
前にさくらさんと話していた時に、彼女が小さなころ寺子屋へ行くのが夢だったのだと言っていたのを思い出す。屋敷にやってくる人たちは、お茶やお華や礼儀作法は教えてくれるのに、そろばんの使い方は教えてくれないのだとほとんど諦めのように憧れを話すその姿に、私は何も言えなかった。
しばらくして花園さまが頷いたのを見て、さくらさんは今まで見た中で一番嬉しそうな表情で笑ってみせた。




