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転生したら和風乙女ゲームの世界で攻略対象を誑かす悪女になっていました  作者: 風待紫翠


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10/12

黎明

鈴視点→さくら視点→黎視点

 男に連れていかれたのは、さくらさんの屋敷の隅にある暗い座敷牢。


「さあ、ここに入れ」

「失礼な人ね。いやよ。その花園さまとかいう人が私に用があるというのなら、私は客人として扱っていただかなければ困るわ。誰がこんなところ入りますか」

「男の機嫌伺い以外に生きてゆくすべもない芸者風情が。身の程知らずも甚だしい。口答えせずにさっさと入れ!」

 男に無理やり押し倒されてしまった。


 芸者風情ですって、失礼な人だわ。と思うけれど、ここで何か言って相手を逆上させても良いことはないだろうから、思うだけにとどめる。


 男は、

「花園さまがお帰りになるまで、ここでおとなしくしていろ」

 と言うと、そのまま去って行った。


 花園さまというのは、さくらさんのお父様のことだ。

 『晦の夢見草』で、わたしを断罪し、何度も娼館送りにした人。


 おかあさんにはああ言ったけれど、私はあの人に分かってもらえるように説明できるだろうか。




「お前のような男を誑かすしか能がない女は、芸者をしているよりも娼婦の方が似合いだろう」

 男の冷たい声が響く。


「はあ? なんで私がそんなこと言われなきゃならないのよ。第一、朱雀さまが私のことを好きになったのは、あなたの娘に魅力がないからでしょう? 私が非難されるなんて、おかしいとおもいませんこと? ねえ、さくらさん……でしたかしら? あなただってそう思うわよね。悪いのは、あなた。私はちっとも悪くありませんわ。保守的なお嬢さまはつまらないし面倒ですもの。朱雀さまが癒しを求めたのも、私、共感できてしまいますわ。今はただ、少し判断しかねているだけだわ、きっと。いいえ、もしかしたら、さくらさんが朱雀さまを脅しているのかしら?」


「……もうたくさんだ。何か言い残すことはあるか。詫びの言葉くらいなら聞いてやっても良い」

「誰が謝るものですか。朱雀さまだって、きっとすぐにその女のつまらなさに気が付いて、私を助けに来て下さるわ。それまで、せいぜい偽りの幸せに浸っていれば良いわ、さくらさん。あなたは、どうせすぐに捨てられるわよ!」




 ゲーム本編のわたしと花園さまとの会話が思い出される。

 ——紛うことなき悪女だ。わたしが選ばれなかったのは、さくらさんのせいではない。わたしのせいなのに。


 でも、いくら私が、こんな悪女のような振る舞いをせずに、花園さまに分かっていただこうと思ったとしても、ゲームの強制力がそこで働いてしまえば、それで終わりなのよね。


 前世では、文字として追うだけだったエンディングが、もうすぐ現実のものとして自分に迫ってきている。


 終わるのなら、せめて。彼に迷惑がかかりませんように。

 切り捨ててきたけれど、きっと黎は私が死んだら悲しんでくれる。それを想像すると、少しだけ心苦しい。


「はぁ。私、結構頑張ったはずだわ。死ぬのはまだちょっと怖いけど、大丈夫よ。だって、私がここで生きていた証はきっと消えない」


 私がいたから黎は救われた。

 私が幼い頃から必死に面倒をみてやったからちとせは一人前になれた。

 私と友達になったから、さくらさんは自分の置かれた環境に疑問を抱くことができた。


「死んで喜ばれたゲームのわたしとはきっと違う。私は、ちゃんと私として生きて死ねるわ」


 悪女の演じ方は分かっている。前世でやりこんだゲームのわたしのセリフをいくつか思い返す。

 結構うまくやれる気がしてきた。


「花園様がお帰りになられたそうだ」

 男の声が響く。


 私は少しだけ微笑むと、

「あらそう、だったらその男をここへ連れてきたら良いわ」

 と言ってみせた。



〇〇〇



「嫌です。あの方だって、きっとわざとではなかったはずです。お父さま、わたしの話を聞いてください」

 廊下を早歩きで歩いていくお父さまを、わたしは必死で追いかける。

「お前は優しいからそんなことを言うのだ。芸者なんてろくな仕事じゃない。一体どんな手段を使って、さくらの大切な婚姻を壊そうとしたのか……考えるだけで、おぞましい」


「そんな、そんなことありません。物事を短絡的に見てはいけないと、お父さまもいつも言っているではありませんか。相手の女性のお話も聞かずに、決めつけてはいけないと思います」

「言うようになったな、さくら。そんなに口ばかり達者だと、旦那様にも呆れられるぞ。もうお前はこのことに口を出すな。お母様の傍にでも行って、引っ込んでいなさい」

 お父さまはそれだけ言い残すと、私の目の前で襖をぴしゃりと閉め切ってしまった。


 どうして、わたしの結婚の話に、当人であるはずのわたしが口を出せないの。

 わたしは、またここで。閉ざされた戸の前でしゃがみ込んで、泣くことしかできないの?


 震える両手を握りしめる。

 諦めない。絶対に、わたしはもう二度と諦めない。大丈夫。わたしはできる。きっと、止められる。


 何度も閉ざされてきた。

 ある時は、憧れた外の世界を。

 ある時は、学びたかった勉学を。


 そして今も。


 だけど、私はもう閉ざされた戸が目の前に現れたときには、自分の力で開けば良いということを知っている。


 締めきられた襖を見つめ、そして開け放った。

「お父さま。聞いてください。私は、その芸者の女性とお友達なのです」


 決められた人生なんて、いらない。



〇〇〇



 必要そうな物をいくつか買いそろえてから、何度も訪れたことがある家を訪ねる。

「あら、黎。一人でどうしたの? 鈴は一緒じゃないの?」

「おはようございます。朝早くすみません。鈴さんは一緒じゃないのですが、少しお話があって参りました」

「まあ、そうなの。なんだか深刻そうね。どうぞ上がって」


 鈴の家に来るのは半年ほど前の夏の長期休暇が最後だ。

 非常識な来訪だっただろうに、すぐに客間へ通してもらえた。


 僕は座ると同時に、そのまま彼女の御両親に頭を下げた。


「なに、どうしたの? 一体」

「本当にごめんなさい。でもこうするしかないんです。どうぞ、僕を許さないでください。鈴さんは……鈴は、何一つ悪くありません」


 突然のことに、二人は顔を見合わせ、何も言えずにいるようだった。


 誰にも何も告げずに、全て一人で事を進めるつもりでいた。

 けれど、僕と彼女は違う。鈴には大切な家族がいる。


 大切な一人娘である鈴をいつも気にかけ、その上で赤の他人である僕のことまで気にかけてくれる優しい人たちがいる。


 そんな優しい人たちから鈴を永遠に奪い去るのだから、せめて何らかの形でその贖罪はしなくてはならない。


「どうか頭を上げてくれ。とにかく、鈴に何かあったんだな。……いや、すでにそれはもう起こり続けていたんだろう?」

「はい」

「まあ、だからあの子、昨日急に訪ねてきたのかしら。黎、一体何が起きているの。私たちもできることは何だって協力するわ」


「詳しいことは言えないんです。鈴がご両親になにも言わずに今まで過ごしてきたなら、僕の口から告げることもできません。僕は、鈴と逃げます。どうぞ、僕を許さないでください。娘を奪って逃げた男のことを、憎んでいてください。他に罪の償い方が思いつきません」

 それだけ告げるとそのまま逃げるように客間を後にした。


 二人はそのまま僕を追いかけて戸口まで出てくる。

「娘を、鈴を、どうか守ってやって。何があったか分からない以上、本当はあなたを信用してはいけないのかもしれないけれど、あなたは、鈴に酷いことできないでしょう? 今まで見てきたから知ってます。鈴は、気が強くて可愛げのない娘だけれど、賢くて人一倍努力する良い子なの。大切にしてやって。きっとまた会えると信じているわ。鈴だけじゃない。黎もよ」

「黎、うちの大切な一人娘を泣かせたら許さないぞ! ……はは、嘘だよ。元気でやってくれ。それだけで十分だ。黎が一人きりで抱え込むことないぞ。鈴は強いからな。二人ならうまくやれるだろうよ」


 何も言うことができずに、僕は深く頭を下げる。

 鈴が、鈴である理由を知った気がする。この信頼の中で育ったから、彼女はああいう性格なのだろう。




 置屋への帰り道の途中、金物屋が目に入った。

 店内へ入ると手ごろな小刀を購入する。


 恐らく、鈴は素直に従ってはくれないだろう。多少手荒いことをしなければならないのは、覚悟する必要がある。


 鈴の両親の期待を簡単に裏切るのは心苦しいが、それよりも、それを容易く行動に移せてしまうであろう自分自身に呆れる。


 この街は昼よりも夜の方が明るい。

 決行は昼間の方が良いだろうか。


 きっとあとほんの少しで皆が稽古から帰って来る時間だ。


 鈴が帰ってきたら、鈴を説得して、そのままどこかへ逃げよう。

 きっと彼女は嫌がるだろう。駆け落ちにさえならない。これは、ただの誘拐だ。


「ただいま戻りました」

 裏口の戸を開けて草履を脱ぐ。


「黎! 鈴が、鈴がね」

 お母さんが真っ青な顔で僕の肩を揺らした。

 色々なことが頭を駆け巡る。

 どうして気が付かなかったのだろう。

 鈴が急に突き放してきた理由をどうして考えなかったのだろう。


「おかあさん。鈴はどこへ行ったの?」

「花園さまのお屋敷に。あの子、大丈夫だって、ちょっと行って話してすぐ帰って来るって。でも無理よね、ああ、どうしよう」

 ああ、やっぱりもう戻れない場所まで来ていたのか。


「すぐに行ってきます」

「私たちなんて、行ったところでお屋敷の中にさえ入れてもらえないわ。なにか良い方法ないかしら……朱雀さまって、花園さまの娘さんの婚約者だったかしら。頼み込めば何とかしてくれるかもしれない」

「多分無理だと思います」

 混乱しているのか、訳の分からないことを言い出すおかあさんをなだめる余裕もない。


「あぁ、そうよね。というか、鈴が花園さまに連れていかれた理由が多分これよね」

「花園さまの娘さんに少し伝手があります。一応掛け合ってみますが、うまくいかないようなら武力行使に出るので、おかあさんは無関係ということにしておいた方が良いと思います」

「ええ、そんな……黎、心配だわ。私だって、何の覚悟もなく置屋の女将なんてやっているわけじゃないのよ。邪魔になるとしても、私も行かせて」

「でしたら、言い方を変えます。他の子たちに被害が及ばないように、ここで守ってあげてください。僕は大丈夫ですよ。……おかあさん、いつも感謝しています。あの時拾ってもらえなかったら、どうなっていたことか分かりません」


「そうね、そうよね。ごめんなさい、黎。黎の言葉でちょっと冷静になれたわ。……私は、この街で一人で死んでいく子どもを見たくないだけなのよ。私自身がそういう境遇だったから、というところも大きいけれど。自己満足でも良い、偽善で構わない。黎も鈴もここにいる全員、自分の子どもと思って大切にしているのよ。だから、無事に帰ってきてね」

「ありがとう、おかあさんも気を付けて」


 さあ、全てを終わらせにいこう。

 あの日から始まった運命に、中途半端に巻き込んでおきながら最後は一人でなんとかしようとしてしまう鈴に、文句の一つや二つ、聞いてもらわないと。

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