出会いたくなかった人
初投稿です。
よろしくお願いします。
「名前を教えてくれないか」
「……鈴と申します」
「鈴か。良い名だ。今までこんなに綺麗な女性は見たことがない」
「そんな、私にはもったいないお言葉です」
「また会ってはもらえないだろうか、今度はもっときちんとした場で」
「私など、朱雀さまがわざわざ会いに来るような者ではありません」
「いいや、きっと会いにくる。約束しよう」
そう言って、名残り惜しそうにその美しい男は去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は思う。
約束なんていらない。……だって、もう二度と会いたくないのだから!
◇
「鈴、大丈夫?」
「疲れたわ。もう今日のお座敷は全部パスしてしまいたいくらいよ」
私は肩をすくめて笑って告げる。
「あはは、それは無理。……でも、やっぱり『強制力』が働いたのかな」
ちょっとした冗談のつもりで言った言葉に、いつもの軽口が返される。
彼は『強制力』と言った。そんなものがあるのだとしたら、私はどうあがいても破滅しかないのかもしれない。
気づいたのは七歳の時。
まだ幼かった私は、憧れの世界の一員となるために、親元をはなれ修行を始めた。踊りに三味線に唄、大変だけどやりがいのある日々を過ごしていた私は、置屋のおかあさんが連れてきた男の子を見て衝撃を受けることになる。
私は死んだのだ。いや、正確にいうと私の『前世』は死んだのだ。
私は、普通の女子高生だったはずだった。断片的な記憶ではあるけれど、両親と妹がいて、友達もたくさんいた。学校では華道部に入っていたことも覚えている。
和風なものが好きで、古着店などを巡って着物や帯を買い集めるのが趣味だった。
そんなある日のこと、私は学校の友達に勧められたことで、とある乙女ゲーム『晦の夢見草』をプレイした。
彼女が私に勧めたのは、ゲームの世界観が和風なものだったからだろう。私はそのゲームにすっかりハマってしまって、ゲームのグッズを買い、イベントに参加するほどにまでなった。
死因が何であったのか、詳しくは思い出せない。
高校3年生の冬、なんとか第一志望合格の形で大学受験を終えることができた私は、春には憧れの大学に入学するのだと、緊張と不安とでドキドキしていたところまでの記憶はあるから、きっとその頃死んだのだろう。
◇
置屋のおかあさんが連れてきた男の子は、この『乙女ゲーム』の攻略対象だった。黎という名前で、結構人気があるキャラだ。
母親を流行り病で亡くし、花街をさまよっていたところを、置屋のおかあさんが見るに見かねて連れて帰ってきたことから、芸者たちの世話役として置屋で暮らすことになる。
『晦の夢見草』では、ヒロインの父が仕事相手を接待しているときに、父の忘れ物に気づいたヒロインが接待場所に届けに行った先で、黎と出会い、だんだん仲良くなっていくというストーリーだった。
幼少期に芸者たちに毎日良いように使われ、いじめられ、居場所もなく、人生を悲観していたために成長しても自暴自棄になっていた黎を、優しく親切なヒロインが救っていくさまは、感動としか言いようがなかった。
問題なのは、黎をいじめていた芸者の中心人物が鈴だったことだ。鈴はゲームの中でとても売れっ妓の芸者だったが、とにかく性格が悪かった。
というのも、自分の面倒をよく見てくれていた姐さんが、黎が置屋に来てから黎のことを気にかけるようになったのが気に食わず、毎日のように罵詈雑言を浴びせ、理不尽な使い走りをさせていたのだ。
黎のルートのハッピーエンドでは、鈴はヒロインの両親によって、売れっ妓芸者の座を追われ、娼婦として売り飛ばされる。そして絶望の中、劣悪な環境に耐えられず死ぬことになるのだった。
私はそんな自分の末路を回避するために、黎と出会ってすぐに黎と仲良くすることを決意した。
今では軽口を叩き合えるくらいには仲が良いはずだ。
こうして愚痴にも付き合ってもらっている。
末路回避の第一歩として、私は黎と出会ってすぐの頃、私は『晦の夢見草』の鈴の行動を反面教師に、黎になにか仕事を頼むということをほとんどしなかった。それにも関わらず、気づいたら毎日のように世話をやかれている。
姐さんたちも「相変わらず仲が良いわねぇ」なんて、呑気に言っているけれど、黎が私のことでストレスを抱えているのではないかと思うと心配になってしまう。
とはいえ、黎とはお互いに良い幼馴染でいる自覚があるから、もしこの先、黎とヒロインが出会い恋におちたとしても、私は黎に復讐され売り飛ばされることはないだろうと考えている。
問題なのは、黎以外の攻略対象だ。私はゲーム内の数々のイベントを思い出し、とにかく他の攻略対象に出会いさえしなければ良いのではないかという結論に至った。
だから、お座敷に来る上客の名前が『朱雀』というと聞いて、私は即座にお断りした。
幸いにも、私を指名したお座敷ではなく、ここの置屋ならだれでも良いという要望だったから、私はそのお座敷には目もくれず、いつもの常連のお客さんのお座敷に行くところだった
黎が私の代わりに荷物を持ち、道が少しぬかるんでいるから気を付けるようになんて、行き過ぎた心配の声をかけてくれていた時のこと。
「姐さん!鈴姐さん!」
なんだか遠くから焦ったような声が聞こえてくる。
「私今呼ばれた?」
「多分……」
「誰かしら。追っかけとかだったら気づかなかったことにしたいんだけど」
「姐さん!私です。ちとせです」
声が近づいてくる。
ちとせは、幼い頃から私が面倒を見ていた妹分だ。彼女は、修行を始めたのが遅く、上達もあまり早い方ではなかったから、お座敷に出向くときは姐さんたちの手伝いばかりだったが、ついこの間、晴れて芸者デビューすることが出来た新人芸者だ。
「ちとせ。どうしたの、そんなに息を切らせて」
「姐さん。ああ、兄さんもいらしたんですか。すみません、私姐さんにお座敷の時間が半刻遅くなったのを伝えないといけなかったことを思い出して」
思いもよらないことを告げられて、驚いてしまう。
「えぇ!聞いてないわよ、駄目じゃない、自分がお座敷で私に伝える時間がなかったなら、せめて誰かに伝えるように言っておいてよ」
「本当にすみません」
「もう、これからは気をつけてよ。どうしよう、黎。言ったらお客さまがいらっしゃるまでお座敷で待たせてもらえるかしら」
「恐らくは大丈夫だと思う。これからは気をつけてね、ちとせ」
「兄さんにもご迷惑をおかけしてしまって本当に申し訳ないです。これからは気を付けます!」
こういう訳で、私たちは1時間ほど、待ちぼうけを食らうことになったのだった。
しばらくは黎と他愛のない会話を交わしながら時間をつぶしていたが、やがてお客さまがいらしたらしく、お出迎えのために部屋から出た、その時だった。
何度も立ち絵とスチルで見たことがある赤色の着流しが目に入る。黎に初めて会ったときと同じ衝撃を感じた。
そこにいたのは、まさに今お座敷を去るところであろう朱雀だった。
私の代わりに朱雀のお座敷に出向いていた姐さんとすれ違い、軽く会釈する。どうか、このまま何事もなく終わりますように。
「この芸者は、君の置屋のところの子なのか」
朱雀が姐さんに尋ねているのが耳に入る。顔を上げたくない。早く行ってくれないだろうか。
「そうですよ。うち一番の売れっ妓です。綺麗な子だし、本当に努力家で」
姐さん、こんな状況じゃなかったらとても嬉しい言葉なのですが、今は余計なこと言わないでいただきたいです。
「名前を教えてくれないか」
男が振り返ったことで、私と目が合う。
あぁ、終わった。
◇
半分上の空になりながら、けれど踊りも唄もしっかりこなして、その日のお座敷は無事にお開きとなった。
今まで攻略対象と出会いそうなイベントはうまく避けてきた。今回だって回避したつもりだったのに、お座敷の場所が同じだったことと、時間がずれたことによって不幸にも鉢合わせてしまうなんて……
黎の言う通り、これはゲームの「強制力」なのだろうか。だとしたら、この「鈴と朱雀が出会う」というイベントが起きた時点で、すでにヒロインは朱雀のルートに入っていると思った方が良いかもしれない。
朱雀は攻略対象の一人で、ヒロインの婚約者だ。完全な政略結婚で、親が決めた許嫁。女遊びが激しく身勝手な性格で、ヒロインはそんな彼と結婚しなくてはいけないことを悲観していた。
そんな関係性からはじまる二人だが、『晦の夢見草』の朱雀ルートでは、やがてヒロインの真っ直ぐで純粋な態度に朱雀は心を入れ替えるようになり、最終的には女遊びをやめて、ヒロインだけを愛するようになる。なんて素晴らしい物語だろう。しかし、このストーリーには一つだけ問題がある。——つまり、この女遊びの相手が、鈴だったということだ。
朱雀ルートのハッピーエンドでも、鈴は、ヒロインの両親に、娘の婚約者を誑かした悪女であるとされ、娼婦として売り飛ばされることになる。そこから先は、黎のルートと同じだ。——悪女の末路がどれもこれも似たり寄ったりの金太郎飴的シナリオな気がするのは、気のせいではないと思う。
私はゲーム本編の鈴のように朱雀を誑かすつもりは一切ないし、ヒロインと朱雀の仲を邪魔する気も全くない。
だけど朱雀は上客だから、私を指名してお座敷に呼び出されたら、決して私からは断れない。そしたらやっぱりヒロインは私が朱雀を誑かしていると思うに違いない。
◇
真夜中を過ぎた頃、いつものように置屋に戻り姐さんたちと置屋のおかあさんに挨拶をして、自室に戻る。
これからのことを相談したくて、黎を自室に引っ張りこもうとすると、悲しいことに若干拒まれたが、お座敷でもらったお菓子で釣るといつもの通り引っかかってくれたので、無事に相談にこぎつけることが出来た。
「どうしよう、黎。イベントが起きた以上、ヒロインはもう朱雀のルートに入っていると思った方が良いかもしれない。せめてバッドエンドになってくれないかしら」
人の不幸を祈るのは良い気分ではないが、自分の破滅がかかっているとなれば仕方がない。
「……その場合、鈴はどうなるの」
「確かバッドエンドだと、鈴は朱雀の妾として囲われることになったと思う」
「えぇ、困るんだけど」
「売り飛ばされて死ぬよりましだわ。それに、黎が困ることはないと思うけど。別にずっと私と一緒にいなくたって、置屋ではいくらでも他に仕事があるでしょ」
「一緒にいてくれるって言ったでしょ。……僕のこと置いていくつもりなの? 」
「いつの話! 何年それ引きずってるのよ、いい加減重いわ! じゃなくて、とにかく! なんとかして朱雀に嫌われないと」
「……そんな上客に自分から嫌われるように仕向けたなんて、おかあさんが知ったらとてもまずいことになりそうだけど」
「あぁ、本当だ。どうしよう」
破滅末路を回避できて、かつおかあさんに誤解を生まない方法、なにかないかしら? と私は考えこむ。
「……もしかして、ヒロインに説明すれば良いんじゃないかしら」
「説明するって? 」
「私はあなたの婚約者を誑かすつもりは一切ないんですよって言えば良いのよ。幸いヒロインが住んでいる場所はゲームに出ていたから予想がつくし、今度の休日に偶然を装って会えないかしら」
いい方法だわ! なんて言ったら、黎に白い目で見られた。
ちょっと、冷たいわね。悲しいじゃない。
「うまくいくといいけど」
同時に聞こえたため息は、気のせいではないはず。
「うまくいかなかったら、その時はその時で、次の手段を考えましょ」
「鈴のそういう向こう見ずなところ、見ててハラハラするけど嫌いじゃないよ」
黎は呆れたようにそう言った。
「なにそれ、褒めてるの? というか、今更だけど婚約者がいるのに芸者のもとに通い詰める男ってどうなのかしら。乙女ゲームにあるまじきキャラ設定だわ」
「でも鈴もその『乙女ゲームにあるまじきキャラ設定の男』のルートをプレイしてたんでしょ」
「……そうね」
納得してしまった。こういうタイプのキャラは刺さる人には刺さるものなのだろう。女遊びが激しい男が自分にだけは一途というのは、好きな人も多い気がする。
「じゃあ、現状の目標としてはヒロインを見つけだして、『朱雀さまが私のもとに通っているのは、私が朱雀さまを誑かしているわけではなく、朱雀さまが勝手にしているだけだから、悪く思わないでください』って説明する感じかな」
黎が改めて今までの決定事項をまとめ直してくれる。
うん。確かに、その通りなんだけど……
「なんか文章にすると、浮気の弁解している女みたい、というかそうとしか思えないわね」
「浮気の弁解……そうかも……」
言った本人が納得してしまっている。
ああ、私は浮気するような悪女じゃないのよ!朱雀なんて一切興味ないのよ!……ヒロインが物分かりの良い女性であることを祈るのみだわ」
「これで納得する女性がいたら、それは物分かりが良いのではなく、都合が良いと言った方が良い気がするけど」
「……確かに」
一体どうしたらヒロインに分かってもらえるだろう。
私は次の休日が来るまで頭を悩ませることになるのだった。




