審議会に電話する。
奥の部屋で朝子の声が響いている。
のぞきにいくと、積み木で遊んでいる朝子の上にりょうが重なってる状態。朝子の向こう側のおもちゃをとりにいこうとしたらしい。りょうもあさの声に驚いてべそをかいている。
「ありゃりゃ、りょうちゃん、おねえちゃん重いよ。」とりょうを抱きあげてそのまま台所に戻る。
「さあて、じゃあ まず誰から電話しようか」
「まずは、ラーメンやさんの小沢さんにかけようよ。どの程度のお知り合いがいるのか。」と高田さん
「そっか。そうだった、」
小沢さん苦手 なんて言ってられない。立ち上がって受話器を取る。子供たちに手が届かない冷蔵庫の上に電話がある。
「あ、但馬さん? ちょっと待ってて。」小沢さんの声。
ラーメン屋さん、今は忙しいのだろうなあ。
電話の向こうで赤ちゃんの泣き声がする。
「いいの?しゃべってて、みさこちゃん泣いてるね。」と言うと
「今、ふたりで仕込みしてたから座敷に放ってたのよ。今とうさんが抱いたからだいじょうぶ。」
小沢さんから、ふたり判明した。地区の自治会長と、商店会の会長。
お話してみてもらえないかと頼むと、忙しいし、どう言えばいいかわかんないからと断られた。電話番号だけ教えてもらう。
「さて、どうしよう。父母の会の役員でまず担当する人決めようか。」と私が言うと
「何言ってんの、全部私たちでやるのよ。」
そっか、実際昼間自由に動ける私たちがやるっきゃないか。
まさか今日すぐ行動するとは思ってなかった。
「後に伸ばす理由はなにもないんだから。」と高田さん。説得力ある。
名簿の最初の方に電話する。
電話に出たのはだいぶ年配の女性のようだった。
保育所の統廃合のことでお伺いしたいのですがときりだすと、
「いえ、わたしなんかにねお聞きになられてもね、なんにもわからないのでねえ。」
でも審議会のメンバーでいらっしゃるなら、どんな内容で話し合いがなされたのかご存知と思いますし、
詳しく経緯をお聞かせねがえないでしょうか
「いえいえ 資料によりますとね、保育所の定員われは毎年のことということよね」
定員われといっても 保育所は常に空きを保っておくほうがかえって健全だと思うんですよ。
「まあそのことについてはすべて村長さんにまかせてありますので、」そして「なんにも知らないのよ保育所のことは」とにべもない。
「私なんかではお役に立てない」のいってんばり。
「福祉審議会にはどういう経過で?」と尋ねると、民生委員だからね。という返事。
「小さいお子さんを抱えていらっしゃる方が困ったときに
気軽にあずかってもらえる所として保育所があればどんなにかいいと思うんですが。」と言うと
「今の人はすぐに人にあずけようとすっからねえ」
いえ そうじゃなくて‥といいかけると
「自分の子は責任持って自分でそだてなきゃあんめー。
昔っから、母親はこどもをしばりつけてでも一緒にいたもんだ。
若い人たちは甘えてんじゃないの」口調がきつくなってきた。
「私ね、忙しいのよ。保育所のことは村長さんに聞いてみて」
そして「ではごめんくださいね」と切られてしまった。
受話器を置くと、だいたい内容を察したようで、
高田さんが
「なによ、福祉審議会なんて名前だけでまじめに討議なんてしないんじゃないのぉ」と口をとがらせた。
まだスタートだというのに、もうくじけそうだ。
「みんなこんなかなあ。」私がため息をつくと、高田さん、
「何を期待してたの?こんなもんよ」と。
そういえばそうだよなあ。
私たちとおんなじ気持ちであれば
統廃合なんてことになるわけないのだから。
「でもさ、保育所のことはなんにも解らないなんてひらきなおってるのっておかしいよねえ。
わからなかったら、解るように勉強するのが審議会のメンバーの使命なんじゃないの」とぐちる私に
「会議にただ参加してるだけで問題意識なんてないのよ。
役場の御用機関にすぎないんだから。」と高田さんは冷静だ。
「メンバーにかたっぱしから電話して、ただの人数合わせのヤツか、何かたくらんでるヤツかの判断をしていこ。次誰にしよ?」
「名簿の次の人、この人は議員だわ」
「あー、この松木って中央通に大きく松木建設って看板でてるじゃない、あれでしょ。」と高田さんが言うので
そういえば村会議員の看板も並んで出てたと思い当たった。
「土建屋さんが福祉ねえ。」
松木建設は先代が小さな工務店だったのを、
原子力施設がつぎつぎに建設されるのに乗じて大きくなり、
今や中央通りの中心にりっぱな社屋を構えている。
その長男が村会議員になって、今や三期目。
りょうが退屈してあさのほうへ行きたがるので、
「高田さんが電話してね。」と頼んでりょうをあさのところへ連れていく。あさが、私の顔を見たとたんにお外いきたいようとごねだした。
「議員は外出しているので、帰ったら電話くれるって、そうしてもらった」と高田さんが大声で台所から伝えてくれる。
「次も電話しとくね。あさちゃんといてあげて」と言ってくれる。
子どもたちとと少し遊んでから台所に戻ると、
「自治会長のこの人に電話してみた。でもね」と
高田さんは肩をすくめる。
結局、その自治会長のおじいちゃんも、特別自分の考えがあるわけではなく、審議会のための審議会メンバーにすぎないというのはあきらかだった。
おっとりとしずかな声で、「村長さんの提案にわたしら賛成なもんで。」という答えしか返ってこなかったと高田さんは、大きなため息をついた。
「高田さん、ひさしぶりにあなたのピアノ聞かせてちょうだいな。
あさもりょうも喜ぶし。」
受話器を置いた彼女に頼むと、「そうね、弾いちゃおうかな」と言いながら、彼女は椅子から立ちあがった。
こどもたちが遊んでいる部屋にピアノが置いてある。
あさは絵本を手に横になっている。りょうもマネをしてごろごろしている。
「おばちゃんがね、ピアノひいてくれるって。」と言うとあさはがばっとおきあがり、「こねこちゃん?」と言った。
「あさちゃん、こないだ保育所で歌ったのおぼえてるんだねえ。」と高田さんは言って、じゃ、「まずは、」と
まいごのまいごのとうたいながら弾きはじめた。
その後
来月の発表会に弾く予定の曲を聞かせてくれた。
あさもりょうも最後までぐずらずじっと聞いていたのは、
やはり高田さんのパワーなのだろう。
電話で受けた嫌な気分はその時はすっかり晴れてしまっていた。