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魔法の木エニシダの香り  作者: 文乃木 れい
保育園がつぶされる⁉
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ひなぎくがなくなる?

 

 「ねえねえ、今日、慧ったらおかしいの。桜ってはかない。って言ったのよ。」

 子どもを寝かしつけてふすまをしめながら私は夫に話しかけた。

 

「おい、まだ、慧 寝てないんやないか?」

洋は隣の部屋をしきっているふすまのほうに目をやりながら 声をひそめた。


「それがね、今日は本読み終わったら もうすぐにころっと。」

と言いながら、私は急須に手をのばした。

 

いつもは帰りが遅い夫が思いがけなく早く帰宅し今日は子ども達をお風呂にもいれてくれた。

そのおかげですっかりあとかたづけも終わり、ゆっくりとできる。

 

「今日ね、お花見だったんですって。園庭で。」

 「知ってる。けさ島先生がそう言ってた。」

 

「お迎え行ったら女の子たちがさくらの花びらスープ作ってて、あさも仲間に入れてもらってね、おなべをおはしでかきまぜるのにすっかり夢中になってた。」


 夫にそう報告しながら朝子が園庭のまんなかにしゃがんで大きなおなべをかきまぜている様子を思い出して思わず顔がほころんでしまう。朝子もこのひなぎく保育園に入れたいなあと思ったら、あっそうだと思い出した。夫のほうに思わず身をのりだして

 

「ねえ、ひなぎくつぶされちゃうんだって。統廃合されるらしい。やっぱりうわさじゃなかったんだ。」

 「そういえば、今朝、小沢さんが何か聞きたそうだったけど、そのことかな。」

  

「こうじ君のおかあさん?なんですって?」

 「いや、なんか聞きたそうだったけど、俺なんにも知らないから」

 

「うちが副会長だから知ってると思ったのでしょうね。」

 「それでいつ 保育園なくなるんや?」

 

「それが ひどいの。もう来年からかも。福祉審議会の議題にのぼってるらしい。」

 「えらい急やなあ。なんでやろ?あさを入れられないなあ。」

 

「私もね、同じこと考えてた。会長のね木田さんから連絡あって。土曜日に臨時の父母会開きますって。木田さんの奥さん、保母さんだって知ってた?今は杉の子保育園にいるんですって。」

 「へー、そうか、それでいろいろ内情を知ってんだな」

 

「保母さんの間では、ひなぎくは保育がとてもやりやすいとこなんだって。 ほどよい規模で、園庭も広くて、それに木造の建物がいいって。園児が30人くらいって理想らしい。」

 「現場で評価されてるものが行政にとっちゃお荷物って良くあるパターンだ。」

 

「でもね、それなのに、保母さんたちはね、表だって反対の意志表示が出来ないって。村の職員だから。 それでね、父母の会ですべてをやってほしいって。それってなんかちょっとわりきれない気もする。」

 「そりゃそうや。立場考えたら無理やろ。やったれよ」


 「あー、とんでもないときに副会長になんかなってしまって。どうしよう。それにしてもなぜひなぎくをつぶすんだろ。この村って豊かなんじゃないの? 原子力で国からもずいぶんともらってるんでしょ。住民のためにたっぷりつかってくれたらいいじゃないねえ。」

 「そやなあ、予算はあるはずやなあ。しかしなあ、きれいな海岸をつぶして 原子力誘致してしまうってのが、木造の保育園を大切にしていこうなんていうそういう姿勢とは相反するというか‥」


 「なんかそれって 原子力に従事してる人の言葉じゃないみたい。原子力だって人のためになる仕事なんじゃないの?やっぱりなんか引け目あんの?」

 「それはないよ。原子力の地域にしてしまったということが、だいたい、よっぽど気骨があるか、なんも考えておらへんか、どっちかや。結局金が決定打だったわけだから。」

 

「どういうことよ?」原発は危なくないっていつも断言してるじゃない。

 「もともと金に目がくらむようなやからにはポリシーなんてなくて金の使い道がわからんということかもな。」

 

「でも、場所がなければ あなたも仕事ができないんだから、批判はできないよねえ。」

 「そういうことやなあ。」

 

「あなたの言ってることもよくわからない。」とにかく と私は続ける。

 「理想的な保育所なのに、どうしてすぐにつぶしてしまう方向にいくのかそれが不思議。ねー、だれがこういうのいいだしっぺなの?」

 「村長あたりや‥と思う」

 

「ふーん。どっかほかに予算けずれるとこありそうだけどねえ。何も教育費をけずらなくても。あ、教育費じゃあないか、福祉費か」

 「いちばん削りやすいとこなんやないの。」

 

「女、こども、年寄り、弱いもん相手だもんね。いったいいくらぐらいの予算なのかなあ。何か他につかいみちがあるとか」

 「土曜日、木田さんにきいてみ。そうや土曜日、僕出られへんよ。」

 

「家にはいる?あさたちみててもらわなくちゃ」

 「しゃーない、家で仕事するっか」 と洋はテレビのリモコンのスイッチを手に取った。

ちょうどニュースがはじまった。

 

  私は、ノートを広げ、記事を書こうと鉛筆を取る。こどもが早く寝た後は、家族通信を書いている。一回作ればコピーして双方の親や遠方の友人に手紙代わりに送れて重宝。それに子供たちの今を切り取って記録しておかないと絶対に忘れてしまう。こどもは時々とんでもないことを言って大人をおもしろがらせてくれる。

 今日も慧がおかしなことを言ったっけ。


「そういえばあっちは元気にしてるんかな?」でがらしのお茶を自分で入れながら洋がたずねる。私の実家から送ってきたお菓子を食べたからか。


「うん、今日電話あって、父も母もかわりないみたい。あそこの桜並木が見事でしょ。うちの前でも座ってお弁当ひろげちゃう人なんかいるんだって。 ようやくそんな騒ぎがおさまったとこみたいよ」


「こっちのほうがやっぱり遅いなあ。保育所の桜きれいやったもんなあ でも、今日はもう盛りをすぎてたよ。」

 

「そういえば、慧がね、一番最高の満開に来るんだって言ってた。」今日、夕食の時におかしなことばかり言っていた。

 「何が?」


 「よくわかんないんだけど、花びらの中で一ばんピンクなのが落ちてきた人のとこで女の子になるんだって。」

 「なんやそれ?」

 

「あんまり私が質問したらかえってあの子って何も言わなくなるから、加減がむずかしいのよ。」

 「あいつは難しいやっちゃもんなあ」

 

「島先生がね、お昼の時に慧があんまり食欲がなくて、ぼーっとしてて眠そうだったって。昨日、早く寝ましたか?って言われちゃった。そういえば、今日も早く寝たし、少し体の調子悪いのかなあ。」

 「寝なきゃ寝ないでやきもきするし、すんなり寝ると心配するし、大変ですなあ」


 夫は私が生活習慣と口にするだけでも拒否反応。そんなきばらんでも 自然に眠りたくなりゃ寝るさ とにべもない。 しかし、日々の生活習慣は親が基板を作ってあげるもの。夫の言うように野放図に育てるわけにはいかない、最高のコンディションを作ってあげるのは親の役目だと私はむきになってしまう。

ひなぎく園の先生方が言うように、おてんとさんがのぼれば起きて 沈めば活動をやめるというのが自然で、健康的な気がするけどな。感覚的に。

 

 洋に、科学的に証明されてるか?と言われてしまうと私には反論のしようもない。真夜中に仕事してる人だっていっぱいいるんやで。それとは話が違うと思うけど。

 マニュアル通りに融通なく育てるのも問題ありとは解るけど、でも基本の生活はきちっとしたい。

 

 子どもが気になってふすまをあけると三人ともぐっすり。寝顔はなんともかわいらしい。

 慧は実はものすごく小さいんだよね。妹がふたりもいるもんだからかあさんはつい勘違いしてしまう。おにいちゃんって意識しすぎてしまう。 明日はもっと慧のことを見ていよう。この小さい心の中にどんな世界がひろがってるのだろう。


 夕食の時 「コロボックルっていると思う?」と 読んであげた本にでてくる小人のことをおもいだしたようにたずねた。さあ、いたらどーしよーねって聞いて返したら、

 「つかまえる?」ってまた聞いてきた。

 「かあさんはつかまえない。違う世界にいるほうが幸せだよね。」って言うと

 

 「違う世界にいる?ほんとにいる?」って身をのりだした。

 「いるよ。慧がこうやってごはん食べてる時に、違う世界でもごはん食べてるかも。」


 慧は それは変というような顔をしたけど、どうそれを言ったらいいのかわからないというような困った顔をした。


  あさが 「えみちゃんがね、今日ね、おままごとでね、ほんとにさくら食べちゃったんだよ」と笑うと、りょうこも 意味もわからず一緒に笑った。


 慧だけが、「だめだよ たべちゃ!」と大声で怒ったので、あさはびっくりして、

「あさちゃんがたべたんじゃないの!!」と少しべそをかいた。

 

 普段 慧は妹たちに大きな声をだしたりしないから。りょうは 慧とあさの顔を真剣な顔をして交互にみていた。


 そのときに 慧が言ったのだ。

「さくらはね、はかないんだからね。」


 いつもならふきだすところだが、慧のおもいつめたような表情から、笑ってはいけない真剣さが伝わってきた。

 「ほんとだね、満開になったと思ったらすぐに散ってしまうものね。」

 

 ふんと うなずいた慧だが まだなんか言いたそうな顔をして でもそれ以上何も言わず、ご飯を食べつづけていた。


  夕食の時が一番幸せだ。1日が無事に終わり、こどもたちとテーブルについているときの充足感は何にも替え難い。

 私がこしらえた食事をこどもたちが口に運び、その口がしゃべる。こどもたちは今 私にすべてを頼っている。

 



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