第22話
照り付ける日差しは、夏休みも折り返したというのに、一向に弱くなる気配すら見せない。汗をぬぐい正門をくぐる。
久々の学校で起きられるか心配だったが、最近は早起きして遊びに出かけることが多かったのもあって、あっさりと起きることが出来た。少し頭がぼーっとする気もするが暑さのせいだろう。
教室の扉を開けると、夏休みど真ん中の登校日で、HRまではまだ時間があるというのに、大半の生徒が来ていた。
「おはよう、雨音」
「おう、おはよう」
課題が終わらんと嘆いていた篠崎は、俺から少し遅れて教室に入ってきた。いつもよりかは元気がなく、代わりに目の下にうっすらと隈ができているあたり、あの後、徹夜で課題をやり遂げたんだろう。
「おはよう、二人とも」
「おはよう」
「おはよう、廣瀬さん」
篠崎は、大きくあくびをしてから芽衣に返事をすると、再び机に突っ伏す。
「そういえば、若宮さんは?」
「ななちゃんなら、篠崎君に遅くまで付き合ってたみたいで、机で寝てる」
芽衣の視線を追うと、若宮さんは自分の席で篠崎と同じように机に突っ伏していた。
「なるほどな」
「ところで壮太も寝不足? ちょっと疲れてるっぽいけど」
「いや、いつもより長めに寝たし、寝不足ってことはないと思うんだが、なんかぼーっとしてる」
「今日は揃って早いなぁ。普段遅刻してる連中はいつもこれくらいの時間に来てほしいもんだ」
芽衣の返事を待つ間もなく、がらりとドアを開けて宮野先生が入ってきてそう言った。芽衣は、じゃあね、と手を小さく振り自分の席へと戻っていく。
「今日は課題出して、文実決めたら解散だから早めに決めてくれ」
教室内が少しざわつく。思ってたより早く解放されそうだからか、長引きそうだからかは分からないが。
「とりあえず課題の回収からにしようか。そこ、やってるの見えてるからな」
教室にドッと笑いが沸いたが、次の瞬間には課題は宮野先生の手によって回収されていく。篠崎がしっかりと終わらせていることには、宮野先生も少し驚いていた。まあ、当の本人は爆睡中だが。
課題を期日までにやるだけで驚かれるって、今まで成績ヤバかったのそのせいなんじゃないの?
「じゃあ、文実決めの進行は……お、若宮頼んだ」
「はい。じゃあ、文化祭実行委員会を決めようと思います。立候補はありますか?」
教室内では誰がやる? などといった話声が聞こえてくる。
「なあ、雨音。なんで菜々香が前に出てるんだ?」
ようやく目を覚ました篠崎が、そんなことを聞いてくる。
「文実決めるからだよ。去年も生徒会がかんでたし」
「なるほど。今年もやるのか?」
「お前、冗談は程々にしろよ。起きてるのは、寝てる間に文実にされないためだ」
ああ、と篠崎は納得したような表情をする。
俺はマゾでもなければ、仕事大好き人間でもないので、地獄を見た場所に再び行くのはごめんだ。
「じゃあ、やめとくか」
「やる気だったのか?」
「菜々香がいるし、お前を巻き込んでやってもいいかと思ってた」
こいつ、去年さんざん俺が働いてるとこ見てたのにやろうとしてたのかよ。若宮さんが好きなのは知ってるが、そのために修羅場に俺を巻き込むのは勘弁願いたい。
「巻き込んできたら、俺はお前との縁切りくらいならしてたと思うわ」
「そこまでかよ。まあ、やらんけど」
そんなことを話していると、今年の文化祭実行委員はいつの間にか決まっていた。もちろん俺でもなければ、篠崎でもないし、芽衣でもなかった。
「じゃあ、解散。お前ら寄り道するなよ」
宮野先生の一言で、教室内は一気にざわつき、ところどころからはこの後ゲーセン行く? 喫茶店行こ、などの声が上がる。
「ねえ、雨音君。文実ってそんなにヤバいの?」
気分はいまだに優れず、悪化の一途をたどっていってる気がするので、少し休んでから保健室にでも行こうか、などと考えていると若宮さんが話しかけてきた。
「聞いてたのかよ」
「どんなに小声でも和也君の声はわかるから」
「さようで」
それで、篠崎の会話相手してた俺の声まで拾うってなかなかにすごい芸当だよな。
「乙女の標準機能だから」
「そんなもの標準機能にしないでくれ」
「で、文実の話だよ」
「普通にやれば破綻することはないが、無能な上が自由参加制に舵を切ると一瞬で詰むってとこだな」
「なるほどね。会長と相談して傀儡委員長立てようかな」
物騒な一言が聞こえたが、聞こえなかったことにしておく。どうせ今年は関わらないし。
「さすがにそれは看過できないぞ、若宮」
「先生」
「まあ、さすがに破綻しないようこちらで手を打つから安心したまえ」
「分かりました」
「それより雨音だ。大丈夫か? 随分と具合が悪そうだが」
「多分大丈夫ですよ。あと帰るだけですし、保健室寄って帰るつもりですから」
ならいいか、と先生が言ったところで、廊下から芽衣を呼ぶ声がする。
視線だけそちらに向けると、篠崎に負けず劣らずのイケメンがそこにはいた。そちらに笑顔で行く芽衣を見て、ふと体の力が抜ける。
ごちゃごちゃの頭の中、視界は反転し、頬に触れた冷たさが唯一俺に癒しをくれる。
「おい、雨音大丈夫か? 篠崎、保健室だ」
「雨音君、大丈夫? 芽衣ちゃん!」
廊下へ飛び出していった篠崎と入れ替わる形で、顔色を変えた芽衣がこちらにやってくる。
「ちょっ、壮太。大丈夫?」
芽衣の言葉が耳に届いたところで、少し気が抜けて俺は意識を手放した。




