第1話
「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば」
「もう、飯を作る時間か」
「何言ってんの? 邪魔だからどいて」
おう、と答え、体を起こしソファーの半分を譲る。
芽衣の衝撃発言からは、すでに3日経っており両親のもとに来ていた。俺があの後どうやって帰ってきたかはあまり覚えてないが、ずっとボーっと考えてしまう。
「お兄ちゃん、廣瀬さん送った時になんかあった?」
「あー、いや、何にも」
顔に血が上り、熱くなっていくのが分かるが、とりあえずはぐらかす。
「お母さん、素直に口を割らないよ」
「じゃあ、しょうがないわね」
何をされるのか、と身構えたが祐奈は部屋から出て行った。母さんもこちらにやってくる気配はない。
ふう、と一息ついてから数分すると、母さんが昔使っていた女性もののスーツに身を包んだ祐奈が戻ってきた。
「これから、家族会議を始めます!」
「えぇ……」
まさか、俺の進路決めですら行われなかった家族会議が始まるとは。ってか母さんも父さんの予備のスーツに着替えてるし。
「えっと、お二人はなぜスーツで?」
「会議はスーツでやるものだからに決まってるじゃん」
ドヤ顔でそういう祐奈。そうか、決まってたのか。知らんかった。
「で、祐奈は何で父さんのじゃなくて、母さんの着てるの?」
「だって臭そうじゃん。加齢臭とか」
今更起きてきた父さんが、扉を開けた瞬間に言い放たれたひと言。開幕早々、流れ弾で致命傷を負った親父は部屋に戻っていった。メインターゲットの俺とか、蜂の巣になったりしない? 大丈夫?
「で、祐奈どんな感じなの。分かってるところを教えて頂戴」
「えっと、まず、この間も話したけど、廣瀬さんとお兄ちゃんが話すようになったのは、今年の春から。去年は違うクラスだったらしくて、接点すらなかったらしいよ。まあ、何かしらの接点はあったんだろうけど、お兄ちゃんが覚えて無いに一票」
ほうほう、と興味深そうに頷く母さんは、時折こちらを見る。席順のせいなんだけど、裁判にかけれられてる感じがすごい。
「そして、私とお母さんのプロデュースのデートで急接近! とはならず、普通に話す仲が続いたと言います。でも、この時点でお兄ちゃんは廣瀬さんの姉弟と面識があったとのこと。廣瀬さんのお友達の若宮さんによると、調理実習ではお兄ちゃんが手料理を褒めてたそうです。後、名前呼びがこの辺から始まったとか」
「あら、料理には口煩い壮太が褒めたのね」
母さんは昨日の夕飯で、味濃くない? といったことを根に持っているようだ。悪かったとは思うけど、ここでわざわざ言うか?
「そうらしいよ。お兄ちゃんもやるよね。そのあとは、他の友達もいたけど一緒に勉強会をしたり、廣瀬さんの誕生日をお祝いしたりしたそうだよ。ハンドクリームと名前入りのペンを贈ったって」
「やるじゃない。センスゼロだと思ってたけど悪くは無いわね」
見直したと言わんばかりに、こちらに感心の目を向けてくる。なんでこんなに色々知ってるんだよ、と思ったが、たぶんこの間の準備をするときに聞いたんだろう。
「そしてなんと、風邪をひいた廣瀬さんのお見舞いに行ったんだって」
「まあ!」
目を輝かせる母さん。やめてくれ、そんな目を俺に向けるな。
「あーん、までしたそうで」
「まあ、まあ!」
居づらい。好意を向けられていると分かってから、今までの話を聞くときれいに筋が通るが、第三者視点から自分の行いを見るのってやってられないぞ。いっそ父さんのように一撃で楽になれたら良かったのに。いったいどんな拷問だよ。
「で、その廣瀬さんってどんな娘で、どう思っているのかしら。壮太は」
「お母さん、こちら廣瀬さんの写真です」
携帯をいじり、母さんに画面を見せる祐奈。あら、可愛い娘じゃない、壮太には勿体無いわね、などと好き勝手ぬかしている。
この隙に、と思い心の中の逃げるボタンを連打するが、体は動かない。二人の視線のせいだ。
「えっと、嫌いじゃないってことで」
好意を全力でぶつけられるのには慣れていないので、自分の中でも整理がついてないんだ、とは付け加えないでおく。悪意ならぶつけられ過ぎて、何も感じない無の境地に至ったが。
「日和った回答ね」
「サイテー」
「まあ、壮太自身の整理もついてないだろうし、逃げなかっただけいいんじゃないかしら」
なんでもお見通しらしい。やはり母さんに勝てる気はしない。
「ささ、とりあえず壮太から答えは聞けたし、最後の最後で逃げなければ良しってことでこの件は終わり。次は祐奈の番ね」
さっきまで共に俺を問い詰めてた母さんの興味が自分の方に向き、逃げ出そうとする祐奈だったが、がっちり手をつかまれている。
「湯上君の事か?」
あーしさん一派の一人、調理実習で同じ班になった女子の弟経由で、芽衣や若宮さんの連絡先をゲットしていたらしいから、もしかしたら、と思い聞いてみる。
「いや、無いわー。湯上君は廣瀬さんたちと関わりのあるお姉さんの連絡先の教えてくれただけの、お友達だから。ずっとお友達」
残酷だ、可哀そうにと心の中でそっと手を合わせておく。
その後は、ガールズトークの邪魔よ、と母さんに言われ、俺も部屋を追い出された。なんというか、すごい精神を消耗しただけだった。しかし逃げずに答えを出せか……。




