後悔はベッドの上で
「ただいま」
それだけ言うと、リビングに顔も出さず、足早に階段を上る。
「おかえり、お姉ちゃん」
階段ですれ違った唯織に、うん、とだけ返し、自分の部屋に入ると、カバンを自分のエリアに投げ込み、体はベッドに倒れこませる。
やってしまった。つい、言ってしまった。こんなことを言うつもりなんて微塵もなかったのに。壮太も引き気味に返事してたし。
少し気にかけただけで、先ほどの景色がフラッシュバックする。
うあああ! ばっかじゃないの! 次どんな顔して壮太に会えばいいのよ、私のばかぁあ!
タオルケットを被り、足を思いっ切りバタつかせて、狭いベッドの上を転がりまわる。
こんなことをしても現実が変わらないのは、分かっている。それでもこれくらいはしないと、やっていられない。もしタイムマシンがあれば、迷わず乗り込んで、先ほどの自分を本気でぶん殴りに行ってただろう。
「お姉ちゃん、ご飯だよ。あと、うるさいって」
「ご飯いらない」
「そう? じゃあお母さんに言っとくよ」
それだけ言うと、唯織は1階に戻っていった。
唯織のおかげで現実に戻り、少しは冷静になってきた。放り投げていたカバンを開き、携帯を取ってベッドに戻る。よく使うチャットアプリではなく、最初から携帯に入っているメールを開いた。けれど、宛て先を打ち込んだところで、アプリを閉じてしまう。
もし返事が来なかったらどうしよう、もし拒絶の意を含む返事が来たら、もしアドレスを変えられていたら……。
そんなことをするような人じゃないと理屈では分かってはいるにも関わらず、そんな、もし、ばかりが頭の中を巡って、いつものようには、指が動かなかったからだ。
気分を変えようといつものチャットアプリを開くが、こういう時に限って誰も話していない。仕方なく、携帯に保存された写真を見返す。
とにかく別のことを考えたかった。幸いにも写真は莉沙たちと妹弟のばかりだ。
時間を遡るようにして、その時のことを思い出しながら写真を見ていると、1枚異質な学年末試験の結果を撮った写真が出てくる。
この写真はなんだったっけか、と思い出すのにそう時間はかからなかった。これが始まりと言ってもよい写真だからだろう。
遡ること4か月ほど前。学年末試験の結果が1番良かった人が1番悪かった人に、一つ罰ゲームをさせるという、いつもの内輪ノリで、私は1番低い点数を取った。1番高い点数を取ったのは莉沙で、私との点差はそれなりにあった。莉沙が私に課した罰ゲームは、気になる人に告白すること。
私は誰もいない、という体でその場をやり過ごしたが、クラス替えをして壮太と同じクラスになったことで状況が変わった。
恋する乙女が、気になるカレと同じクラスになって、カレを気にせず行動できる訳がない。お化粧はいつもよりも気を使ったし、授業中はひっそり目で追っていた。
勘の鋭い莉沙は1週間とかからず私の変化を見抜き、問い詰めてきた。
私は壮太にいつ惚れたか、どこが好きかなど、洗いざらい喋らされたうえで、告白してこい、と言われたんだ。でも、莉沙が全力で応援してくれたのはしっかり覚えている。
そんな応援もあって、私はついに壮太を屋上に呼び出した。
何も知らず屋上に来た壮太に、何で私が呼び出しと思うか聞いてみれば、金は持ってないと財布をひっくり返され、首を横に振れば、友人へのラブレターでも預かればいいのか、と真剣な顔で言ってくる。
それでも、私が言い淀めば、言うまで待っててくれると優しい顔で言ってくれた。私はその顔に最後の一押しをされて告白したんだけど、壮太は困惑した顔で、罰ゲームか? と聞いてきた。一世一代の告白が台無しである。
その一世一代の告白が、罰ゲームなのか、というツッコミは遠慮していただきたい。
壮太の質問に、そうなんだけど、と真っ先に答えてしまった私に問題があるんだけど、おめでた頭だった私は、その後に続けた「気になる人に告白するっていう罰ゲームなの、私と付き合って」という言葉に壮太が肯定の意を示したと思ってしまった。声が小さすぎて聞こえているはずもないのにだ。
その後の壮太の言動を見て、莉沙に相談までしたところで、私はようやく壮太の返事が罰ゲームに対する許しだと気づいた。何なら壮太は罰ゲームの嘘告白だと思ってるっぽい。
気づいた日はめちゃくちゃ落ち込んだし、さっきみたく転がりまわった。壮太風に言うなら、翌日学校に行くのが憂鬱だったし、想像の中では不登校になったまである、ってところだろうか。とはいえ、勘違いをしていた私のお陰で壮太との距離は大きく近づいていた。
そして、ついには壮太の家に上がって壮太の誕生日を祝うまでになり、帰り際送ってもらって、過去最高に舞い上がって、さっきの失態をする、と。
ばっかじゃないの。いくら距離が近づいたからって、罰ゲームで告白したって1回言ってる女の言葉を誰が信じるの? はいはい、また罰ゲームとか思われてるよ。もしくは変な女って思われてる。
ああ、過去の自分がひたすらに憎い。
またもタオルケットをかぶりベッドの上を転がりまわり、動き回る。
「お姉ちゃん、動きが気持ち悪い」
いつの間にか部屋に戻って来ていた唯織にそう言われ、気持ち悪いと評された動きをやめる。
花の女子高生に向かって気持ち悪いってのは無いでしょ。
「今日は雨音さんの誕生日じゃなかったの? なんかやらかした?」
コクリ、と頷いておく。
「お姉ちゃんが変な事する時ってだいたい雨音さん絡みだよね。とりあえずお風呂空いたから入ってきたら? 話ならそのあとで聞くよ」
流石に話せるはずがない。冷静にならずとも分かるくらい私は酷い女だし、話してしまえば楽になるだろうけど、壮太を慕っている唯織が怒らないはずがないし、壮太に全て教えてしまうかもしれない。
何なら、壮太を適当にあしらってこそいるものの、お兄ちゃん大好きな祐奈ちゃんから、兄に関わらないで下さい、って言われる未来まで想像できた。
負の想像はとどまるところを知らないので、今日はとっととお風呂に入って、寝てしまおう。寝れば忘れられるほど適当な構造はしてないけど、寝てしまえば少しはマシになるだろうし。
「いや、もう大丈夫。お風呂入ってくるね」
それだけ言って、私はようやくベットから起き上がり部屋を後にした。




