第18話
見たいところは、この間来た時にほとんど見たから、とのことで俺の行きたい場所でいいらしい。エプロン買い忘れただけなら、俺いらなかったんじゃない? 連休明けにあーしさんとかと放課後にでも見に行った方がよかったって。まあ、目下の問題はそういう話ではなく、どこに行くかのなのだが。
悩んでいた俺の視界に腕時計が入ってくる。時刻は12時半を過ぎたあたり。
「ここを出てちょっと行ったところにランチ出してる喫茶店があるんだけど、そこで昼飯食うってのはどうだ? いい時間だし」
「確かに言われてみるといい時間だね。じゃあそうしよっか。でもお店混んでたりしない?」
「住宅街でひっそりやってるところだから、そこまで混んでることはないと思う」
「決まりだね」
ここから出る際、いくつかの飲食店の前を少し通ったが、連休の昼時というだけあってどこもかしこも満席、その上それなりの列がなされていた。
面倒くさがってこの中で済ませようとしなくてよかった。待たされてる間、話題が無いと気まずいぞ。某遊園地でデートをすると、アトラクションの待ち時間の沈黙が原因で破局する、という話もあるくらいだし、沈黙というのは空気を悪くするのだろう。
駅前の喧騒から少し離れ、入ったのは閑静な住宅街。10分と経たずに目的の喫茶店に着いた。
いつもよりかは少し混んでいるが、幸いなことに席は空いている。案内されるがままに席に着く。
「なんかいい雰囲気の喫茶店だね」
「ちょうど席も空いてたし良かったな。何食べる?」
メニュー表を廣瀬に渡す。
「悩むなぁ、どれも美味しそう」
「ここのはどれを選んでも後悔しないよ。若干多めだけども、美味しいのは保証できる」
ここには何だかんだで、それなりに来るがどれも美味しい。多めとは言ったが、ホットサンドとか軽めのなら、女子でも食べきれるだろう。
「私決まったよ。雨音は?」
「俺も決まってるし店員呼ぶか」
店員に声をかけると、廣瀬からメニューを指さして注文する。
「ランチセットの和風カルボナーラに飲み物はカフェオレでお願いします」
「ランチの魚介トマトソースパスタにブレンド、飲み物は両方食後で」
注文を終えると、少しゆっくりとした時間が流れ出す。
「ここのパスタ結構量あるけど大丈夫?」
「私結構食べるよ。女子には結構食べる量少ない子多いけど、私は食べないと妹弟の相手するエネルギー足りなくなっちゃうから。小食の娘の方が良かった?」
なるほど。そういえば、朱莉ちゃんの担当は私だ、みたいな事をこの前言ってたっけか。小さい子ってなんであんなにエネルギーに満ち溢れているのかね? ちょっと相手にしただけでも体力だいぶ持ってかれるし、体力ほぼ無限だから困る。
「写真のためだけに買って、ちょっとだけ食べてお腹一杯って言って残すやつよりもずっと好印象だな。まあ、ほぼ毎日飯作ってるからってのもあるんだろうけども」
正直、美味しそうにご飯を食べてる女の子って、見た目が超タイプだけど全然食べない子の百倍くらい良いと思う。どれくらい好感度が高いかって言ったら、脂肪の吸収を妨げるサプリのCMのオファーが来るレベル。沢山食べる君が好きーってな感じの。
「連休中も雨音がキッチンに立つの?」
「まあな。母さんは祐奈と出かけたりしてで、休みを満喫してるみたいだし。ああ、でも昨日は一緒にキッチンに立ったか」
昨日はよく分からんデートのマナー講習こそなかったが、母さんの妹さん一家がやって来て流石に忙しかった。好き嫌いの激しいお子様用に大人用、酒を飲み始めた親父たちのつまみ。なかなかキッチンから解放されなかった。
「昨日はなにかあったの?」
「この前話してた従姉弟が来て、一人じゃ回しきれなくなったんだ。祐奈は従姉弟の相手で目を回してた」
ああ、なるほど、と相槌を打つ廣瀬。小学生の相手も毎日してるから大変さが分かるのかも知れない。
他にもいくつか他愛もない話をしたところで、お待ちかねの昼食が運ばれてきた。
「美味しそうだね!」
「実際、美味いしな」
いただきます、と揃って挨拶をしてから一口。麺にソースがよく絡んで美味い。魚介の出汁とトマトの酸味が食欲を更にかきたてる。ここに来る度になんとか家で再現できないかと思うのだが、どうしても何か物足りない感じになってしまう。
付いてきたサラダも、新鮮な野菜が使われていて美味い。
廣瀬は最初に美味しい、と反応したものの、それ以降全く喋らずに黙々と食べている。まあ、顔はランチの美味しさを雄弁に物語っているのだが。人は本当においしいものを食べると無言になると言うが、それはあながち間違いじゃなさそうだ。
しかし、本当においしそうに食べるな。
会話のない食事は気づけば終わり、きれいに料理を平らげられた皿と入れ替わりで食後の飲み物がテーブルの上にある。
「すんごい美味しかったね」
「満足してもらえたみたいで良かった。きれいに全部食べてたし」
「結構食べるって言ったじゃん」
「そうだったな」
その言葉に嘘はなく、本当にぺろりと食べてしまった。しかしあの細い体のどこに収められているのだろうか? 浮かんだ莫迦な考えをコーヒーで飲みこんで口の中と頭を整える。
「この後どうするんだ?」
「まだ解散には早いし少しあちこち見て回らない? 雨音が行きたいところがあるなら、そっちについていくけど」
「いや、特には無いから散策で」
「オッケー」




