第10話
偶然出会った廣瀬の提案で、廣瀬姉弟と共に夕飯をいただくことになった訳だが、あえて言わせてもらおう。どうしてこうなったんだ。
右側に朱莉ちゃん、左側に弟君。正面には妹さんと廣瀬。俺も実は廣瀬家の一員なんじゃないかって勘違いするくらいにアウェー。
「いやー、すっかり懐かれたね」
「あー、うん」
ここに来るまでの移動中、歩きたくないと駄々をこね、廣瀬を怒らせかけた朱莉ちゃんをおんぶしてやったら、席に着いてからも手を放してくれなくなった。
「朱莉に拓弥、雨音に迷惑かけちゃ駄目だよ」
「「はーい!」」
両側から元気な返事が聞こえたが、右手は解放されてない。まあ、頼んだものはまだ来てないしいいんだけど。
「そういえば雨音、仕事はどうなったの?」
「とりあえず終わったよ。これで安心して休日を迎えられる」
「お姉ちゃんと雨音さん、なんかお母さんたちみたい」
「ちょっ、なに莫迦なこと言ってんの唯織」
顔を真っ赤にして狼狽える廣瀬。そういえば廣瀬の両親は今日デートしてるって言ってたっけか。ところで店員さん、ここの空調効いてないみたいですけど、大丈夫ですか?
「お姉ちゃん、見た目のわりに初心だよね」
廣瀬に追撃をかける妹さんこと唯織ちゃん。すまん廣瀬、俺はちびちゃんずの相手で手一杯だ。
何とも言い難い空気がテーブルの向こう側に広がる。
願わくば唯織ちゃんの攻撃がこちらに向かんことを。
「お待たせしましたー」
タイミングよく店員がやってくる。
ナイスタイミング!
料理が出てきてからは、食べることメインであまり会話はなかった。「こら、朱莉。こぼさないの」とか言って口の周りを拭いてあげたりしていたくらいだ。そして、朱莉ちゃんの面倒を見ている廣瀬は、すごく様になっていて母親っぽかった。親子だって勘違いする奴が出るレベルまである。
ああ、教室とはだいぶ違うな、などと当たり前のことを思ってしまった。
あっという間に食事は終わり、店を出るころには辺りもすっかり暗くなっていた。
「家どの辺なんだ?」
「駅からバスで少し行ったとこ」
「じゃあ駅のバス停まではおぶってくよ」
俺の背中では朱莉ちゃんが心地よさそうに眠っている。まだ4歳とはいえ、眠っていると結構重い。
「重いでしょ、大丈夫?」
「まあ、若干重いけど炬燵で爆睡する中学生よりか、よっぽど軽いから」
炬燵で爆睡しだした祐奈を部屋に連れて行くのマジで大変。
起こそうとしてもなかなか起きないし、起こしても連れてってー、とか言って背中に乗ってくるし、そのまま背中で寝だす。炬燵で寝かしといて風邪でも引かれたら困るから連れてくんだけど、しばらく腰が痛くなるからボチボチ勘弁していただきたい。
「重かったら言ってね、変わるから」
流石にこのくらいならしんどくはないし、駅まではもう少しだ。
「まあ平気だ」
「そうなら良いんだけど。今日はね、唯織がご飯担当だったんだけど部活で突き指したらしくてね。急遽外食ってことになったの」
唯織ちゃんと拓弥くんは先に行ってしまったので今は3人。
「あんまり外食しないし、雨音もいて沢山話しちゃったから疲れたんだろうね」
そう言いながら、優しげな笑顔で背中の朱莉ちゃんを撫でる廣瀬。その笑顔につい見惚れた俺は、それを隠すためについこう返した。
「なら、俺いなかった方がよかったんじゃない?」
「朱莉も、拓弥も楽しそうによく喋ってたからいいの。うち女ばっかだからさ、二人ともかっこいいお兄さんが出来たみたいだって、はしゃいでたし」
言葉の綾だってのは分かっているが、つい頬が緩みそうになる。
あまりにも単純な自分に嫌気がさす。落ち着け、俺は罰ゲームで告白されたんだぞ。それに自分の顔については、毎朝鏡を見てよく分かってっている。勘違いするなよ。
「二人が楽しそうにしてたから、唯織もそこまで気負わないだろうから」
「お姉ちゃんって感じだな」
えっ、と驚く廣瀬。
「いや、なに、そういう側面もあるんだなって。いいと思う」
廣瀬はそっか、と言ったっきり黙り込んでしまった。
無理に何かを話そうとしては、気まずくなっていたあの日の帰り道と同じ沈黙のはずなのに、なぜか心地よかった。