告白は夕暮れ時の屋上で
屋上へと続く階段を登り切り、深呼吸してから扉を開ける。
誰もいないといういつものオチを想定していたが、屋上には人影がたたずんでいた。
もう一度深呼吸してから、声をかける。
「廣瀬さん、俺に何の用?」
桜が舞い散る春。俺を呼び出した本人、廣瀬芽衣はフェンス越しに赤く染まる空を見ていた。
「何の用だと思う?」
こちらに振り返って、にこりと笑いながらそう聞いてきた。綺麗な金髪が風でなびく。派手なギャルというイメージが先行しがちだが、整った顔立ちだ。大きな瞳に通った鼻筋、ほっそりとした輪郭。夕焼けをバックに微笑む廣瀬は絵になりそうだ。
さて、彼女の用は何だろうか。新興宗教の勧誘? 何か買うまで帰れない絵画商へのお誘い? カツアゲ? 友人へのラブレター?
「さっぱりわからんが俺は金持ってないぞ」
目の前で財布をひっくり返して振ってやる。チャリン、チャリン……と100円玉が二枚だけ出てきた。所持金200円なり。彼女は笑っているがどうやら正解ではないらしい。
「じゃあ何? 篠崎宛のラブレターか?」
「違うって。なんでそのために雨音を屋上に呼び出す必要があるの? それだけなら篠崎君がいないときに雨音に渡せばいいじゃん」
なるほど。確かに言われてみればそうだな。
「駄目だ、さっぱりわからん。降参だ」
「えー」
えー、と言われても困る。俺呼び出されたから来ただけだから。
「あ、あのね。その、なんて言うの? その、あのね」
「あー、言いづらいことなら急いで言わなくていいぞ。どうせこの後予定もないし。自分のペースで」
「いや、もう大丈夫」
「さようで」
「あのね、雨音。私、雨音のことが好きなんだ。だから付き合ってほしいの」
付き合う、付き合うねぇ。何処に? なんて安直なボケを返せす気はない。ところで、雨音さんはどこのどなたなんですかね? 周りを見渡すが俺と廣瀬以外の人影は無い。雨音は俺か。
いや、冷静に考えるんだ。俺はこいつから好かれるようなことはしていないはずだ。そして先ほど見せたように金もない。教室では篠崎と喋るか、寝たふりするかの陰キャが俺だ。つまりこれは嘘告白。きっと何かの罰ゲームなんだろう。
「罰ゲームか?」
「なんでそうなるの!? いや、そうなんだけどさ……」
廣瀬はそうなんだけど、と言った。肯定の意を表した。ふっ、勝った。なんかそのあとごにょごにょ言ってた気がするけど、罰ゲームであることは変わりないだろう。いやー、俺の観察眼も濁ってないもんだ。流石、中学時代に鍛えられただけのことはある。
「まあ別にいいよ」
いくら嘘告白といえど彼女を責めるつもりはない。彼女も俺に告白するとかいうよくわからん罰ゲームの被害者なのだ。
「いいの?」
えらく食い気味に言ってきた。ちょっ、近い、近いよ。そういう行動が阿呆な男子を勘違いさせるんだよ。大丈夫?
「まあな」
よし、と廣瀬は大きく頷いた。いやー、陰キャの俺が廣瀬のようなトップカーストの嘘告白を見抜いたうえで、それを許さないとか言ったら教室から俺の机がなくなる恐れまであるからな。
彼女は、じゃっ、じゃあね! とだけ言って屋上を後にした。良かった、よかった。ようやく解放された。