16‐ テレサの来訪
カイマナイナが首を傾げて考え込む仕草を見せた。
「……そうね。150年以上稼働している高次AIに知り合いはいる?」
「第一資源管理局のセイントマザー・テレサとは面識があります」
「クラリッサは本当に使えない子ね」
会話が噛み合わない。
「でも仕方がないわ。生き残ったハリストスなんていないんだから」
カイマナイナが横たわるアイリーの背に体を重ねた。柔らかな女性の体の全身の重みがアイリーへと伝えられる。
「貴方が死にかけた時にまた逢いましょう。可愛いスイート・パイ」
アイリーの体にかけられていた重みが不意に消える。
通路の奥から多数の人の声が聞こえてき始めた。救命救助チームが到着したようだ。
―――――
この時代、殊にリッカほど習熟したナビゲーターAIを装備しているアイリーの様な人間にとって警察の事情聴取は記憶を提出するだけの簡略なものだった。
病院に搬送されたアイリーがとった行動は室長のイノリへの状況報告とテレサへの面会の要請だった。
面会を要請した途端、病室が病院の最上階にある特別室へと変更となった。
長期の入院が必要な状況ではない。検査入院だけで特別室の利用は必要なのかと病院のスタッフに質問するとテレサの指示であり費用もテレサが負担するという。
『悪い予感しかしないよアイリー』
『恩を売られるとか?』
一流ホテルのスウィートルームと同等の設備を持つ個室のベッドに横たわりながらアイリーがリッカに問い返した。
リッカはベッドの端に脚を高く組んで腰掛け、体をねじりながら片手をついてアイリーの方を向いている。
『恩なんか踏み倒せばいいけどこの部屋は外部からの情報遮断がケタ違いレベルで実装されている。ヤバい話専用ルームだよアイリー』
特別室なら当然の設備だ。問題はテレサがこの部屋をアイリーにあてがった理由だ。
居住性を提供したかったのか。情報遮断された空間を必要としたのか。
最高級の待遇を受けるに相当する理由をアイリーは持っていない。
テレサがアイリーを訪れたのは当日の夕方だった。
「現代医学の最上位AIに見舞いを強制するなんて大胆ね?お兄ちゃん」




