15‐ ハリストス
周辺の風景がアイリーの視界に入る。
爆発の被害はレストランフロア全体に広がったらしい。壁にあった可燃材は未だに炎を噴き上げ、天井の化粧板は焼けて崩れ落ち、床は炎が通過した形に焼け焦げている。
だがアイリーの体の周囲は全くの無傷。
床面はワックスが効いたまま、透明なカプセルを被せた様に瓦礫もアイリーの周辺を避けて散乱している。
「何故、あなたが?」
アイリーの問いにカイマナイナが振り向いた。
目元と眉の描き込みが終わったのだろう。微かに酒の匂いが漂うのをアイリーは嗅ぎ取った。
「私の都合よ」
相変わらず会話が噛み合わない。だが状況は明らかだった。
「俺が感染しなかったのは貴女が守ってくれたからですか?」
カイマナイナが笑う。
「守られたの? それは良かったわね。私はあなたの周りに湧いて降りかかってくるエレメント・アクティビティを味わいたかっただけよ。美味しかったわ」
「…俺が襲われる事を予測していた?」
エレメンタリストとは何の接点もない生活を送り、偶々エレメンタリスト同士の争いに遭遇しただけの自分が正体も知れない者から襲撃される。
理由さえ思いつけないこの状況を連邦捜査局と目の前のカイマナイナは予測していた。だからこそ護衛がつき、カイマナイナもこうして現れた。
「あら。私に怒っているのね?いい顔だわスイート・パイ。あなたにもう少しだけ苦い色気があったらここで始めてもいいくらいに素敵だわ」
「…俺の身に何が起こっているんですか?」
「教えない」
「無関係の人が死んでいる」
「知っただけでは何の役にも立たない。あなたが自分の経験を重ねて見つめなければ聞いただけでは何も理解できない。だから今は教えない」
アイリーは沈黙した。ありきたりな会話を重ねてもカイマナイナから有効な情報は引き出せないだろう。順序だてた説明は明白に拒否されている。
ならば核心に迫る質問を一つだけ。それは何か。
思考が高速で回転する。
「…俺はハリストスではない」
「それを決めるのは貴方じゃないわ。アンチクライストの方よ。…あら。尋問が上手ねスイート・パイ」




