09‐ 感染。そして射殺
✳️残虐な描写があります。
同時に通行人の間にも叫び声が響き渡り始める。
周囲の者の異相に驚愕する叫び。
銃声を判別する事ができる者が発する狼狽の叫び。
銃弾に倒れた者から遠ざかろうとする恐慌の叫び。
幾人もの口からそれぞれに、あらん限りの力で振り絞られる叫びがアイリーに届く。
突然の事に混乱しながらもアイリーの目は状況を正確に把握してしまう。
「エレメンタリスト!空間は閉鎖した!未だ発症していない者を解放しろ!!」
クラリッサの声がするどく響き渡る。
今は閉じ込められたと理解した通行人たち全員の悲鳴がさらに音量を上げる。
だが何人かの者は叫ぶことを止めて銃を構えるクラリッサと背後で護られるアイリーへと近づいてきた。
ほの明るく光る緑の膜に顔を覆われてその表情はもう見る事が出来ない。
口だけが光る楕円の中に開いている。
唇さえ覆われつくされているのに発する言葉は正確にアイリーの耳に届いた。
「あなたが博士の来訪を得たのを見ていました!待ち焦がれていましたハリストス!」
「秩序に殉じる善良にして不運な市民に。彼らが信奉する神が安らかな憩いを与えんことを」
呟いたクラリッサがもう片方の手にも銃を取り発砲した。
標的は隔離された空間でアイリーを除いたすべての人間。
緑色の光に露出した肌の全てが覆われてしまった者も、ここから逃げ出そうと周囲に脱出口を探す人間も区別なく銃弾が襲う。
20名の人間が倒れるまで数秒。
数瞬前に叫び声で満たされたいた空間に静寂が落ちる。
呻き声一つあがらない。
気道も肺も引き裂かれた後だから声などあがろうはずもない。
身動きする音すら起きない。撃たれた直後に即死している。
静止画像の様に音も動きもない光景がアイリーの前に広がった。
一帯は静寂だった。
アイリーの指示を待たずにリッカがクラリッサとの思考回線を連結させていたのだろう。
アイリーの頭の中にクラリッサの声が聞こえてきた。チームへの連絡だ。
『実力ユニットの招集を要請する。アイリーが襲われた。状況はあたしの視覚で確認』
『確認しているわクラリッサ。指令車両が20分でそちらに到着する。アイリーを保護、指令車両に同行してもらって』
クラリッサとアンジェラの会話を聞きながらアイリーは意識せずに強く拳を握りしめた。
その感覚に自分で驚き、目線を自分の手へと落とす。手を開き、握りしめる。
人の死は見慣れている。自身が死にゆく経験も数多く積んでいる。
だがそれは過去の事故の記憶を再生させたもの。
自分からは顔を背ける事も膝をついて怒りに地を叩く事も出来ない他人の記憶の中の話だ。
今、目の前にある現実では自分の意志で動く事ができる。
その単純な事にアイリーは驚き、記憶を再生させた経験と目の前でリアルに展開してゆく現実との大きな差に驚いた。
この惨劇は再生終了が出来ない。
アイリーの呼吸が止まった。急激なストレスから気道と胃と食道が同時に痙攣を始める。
惨劇の中自分一人が生き残る。この経験はなかった。




