07- 虐殺の幕開け
※残虐な描写があります※
アイリーにはジューリアの言葉の意図するものが理解できない。
だが自分に向けられた話である事だけは理解できた。
ジューリアに湧き出た淡く光る緑色の膜は彼女の顔全体を覆ってしまっている。
『形状は苔の一種に似ている。でもこんな急激な増殖をみせる生物は存在しない。化学反応に伴う刺激臭がない。ジューリアの痛覚に刺激がない様にみえる。』
リッカが早口で分析をアイリーに告げる。
『この人の救助が最優先だ、リッカ。通報を頼む』
アイリーとリッカの瞬間のやりとりも知らず、異常な様相となったジューリアが大きく両手を広げた。
その手首から指先にかけても淡く光る苔が浮かび上がり始めている。
「ずっと待ち焦がれていたんですよ、ハリストス! 悪を為しますね! 花が香るように! 名誉を求めて! あなたが博士の来訪を得たのは見ていましたから!!」
「落ち着いてジューリア。俺はハリストスという名ではない。君は何か間違えている」
ジューリアの大声に周囲の者が足を止めて注目しはじめている。
そしてジューリアの皮膚に浮かんだ異相に気づき騒ぎ始めている。
その衆人へ向けてジューリアが振り向いた。
ジューリアの顔を見た周囲から悲鳴が沸き起こる。
アイリーからは長い髪に隠されて見えないがジューリアの顔から金色にも黄緑色にも見える靄が拡がった。顔から、首筋から、全身から匂いの発散を視覚化したような形をとって靄が拡がっていく。
「見て! ハリストス! これがわたしの」
通行人の方を向いたジューリアが両腕をひろげて大きく胸をはる姿勢を取った時、通路に銃声が轟いた。
ジューリアの体が一瞬膨張する。
誤解される事も多いが大口径の銃弾は刺突を目的とした武器ではない。
発射された弾丸の直進する運動エネルギーは体内に入った瞬間に筋肉や内臓に衝撃波へと形を変えて伝わり柔らかな内膜や血管を内部から引き千切りながら全身に伝播する。
人体は撃たれた方向へと吹き飛ぶ、というのは分かりやすい表現を追及して作られたフィクションだ。
実際は衝撃波が瞬間的に体内を押し広げる為に人体は波打ちながら膨張し、衝撃波が伝わった範囲内を修復不可能なミンチに変える。
全身を震わせながらその場で崩れ落ちる犠牲者は撃たれた箇所に傷があるだけの様に見えながら胴体の内側全体では大きな血管が断裂し内臓は破砕されて既に失血死している。
刺突武器ではなく、衝撃波を体内で炸裂させる爆弾だ。
本で得た知識ではなく実際に銃撃を受けて失血死した経験さえ持つアイリーは目の前の状況を正確に理解してジューリアの名とともに絶望の声をあげる。
黒い影がアイリーの背後から不意に現れた。
崩れ落ちるジューリアとアイリーの間に割って入り最寄りの壁へとアイリーを追いこんだ。
乱暴な動きだがその背格好、長い黒髪にアイリーは見覚えがある。
恐慌は起きなかった。観光拠点の人込みの中では目立たないジャージの上下とスニーカーという恰好の人影は女性型ヒューマノイド。
「クラリッサ」
アイリーの呼びかけをクラリッサは黙殺した。




