05‐ デスクワーク
今アイリーの眼前にあるのは世界中から届けられた死亡事故の過失割合算定依頼だ。
事故の原因究明と損害金額の査定、過失割合の算定について事故原因調査室は世界一の規模と精度の情報を有している。
その鑑定精度に対する信頼は各国の裁判所が無条件に結果を採用する程だ。
そして事故原因調査室では独自の事業として算出した損害金額の5%を手数料として当事者から徴収している。私企業や第三者委員会で必要とされる調査費用に比べたら破格を通り越した価格破壊となる設定だ。
だが世界中のあらゆる事故の損害金額の5%だ。積み上げれば莫大な金額となる。
類型的な事故や軽微な事故は専属AI群が自動判定する。
犠牲者が死亡した事故のうち、当事者や遺族から人間の調査官による署名付きの判定を強く求められる場合がある。
署名がある事で犠牲者遺族の納得の度合いが大きく違ってくる場合などだ。
アイリーは振り分けられたケースをナビゲーターAIのリッカと共に判定する。
全ての調査官が自分のナビゲーターを利用している訳ではない。
本人と同等同質の判断基準と論理展開が共同作業の必須条件となるからだ。
署名付きの報告書をナビゲーターに作らせるには、さらに単語の選び方や文章の特徴などまで本人と一致させ、後日に調査官本人が読み返しても“自分が書いたものかナビゲーターが書いたものか区別がつかない”というレベルまで精度を高めなければいけない。
そしてナビゲーターをそのレベルまで学習させて育てるには相互の信頼関係について執念とも揶揄されるほどの手間と時間と情熱を投じる必要がある。
アイリーとリッカはその関係を既に築き上げている。
『傷が痛くて集中できない…』
『うっせ、黙れ、バカ、仕事しろ』
ナビゲーターも調査室のサポートAIも利用しないという調査官はさすがに皆無だが一般の調査官が1日にこなす案件数は平均して80~120件。
リッカとアイリーのコンビは9時から11時までの2時間で6000件を超える事故の過失割合を確定させている。無論、リッカのオーバースペックがあって初めて可能となる実績であり件数のほぼ全てをリッカが担当している。
『ここでコツコツ稼がないと、今は終末期再生調査が出来ないんだからね!』
調査官自身の体に不調や痛みがある時は終末期再生調査の許可がおりない。
自分の脳をつかって事故体験を再生する際に自分の体に違和感があると犠牲者が感じ取った痛みと混同するからだ。
『俺、この書類だけで判定だけするっていう仕事…… 』
『言ったら殺す』
アイリーは溜息をついた。昼休みが待ち遠しい。
今日は一日、類型的な事故の判定だけで終わるのだ。昼には思い切って本部ビル商業階にあるラ・ミェン・ジラウドに行って匂いの強い昼飯を食べよう。
そう思いついたところでアイリーはリッカの顔が怒れるゴジラが憑依した狐面の様になっているのに気づいた。




