03‐ エイミーの危惧
「私の方から質問したい話が出て良かったわエイミー。貴女はそのリスクに気づいていたのに何故あの場でアイリーを殺さなかったの?」
予想しなかった問いかけにエイミーが怯んだ様子をみせた。
「普段の貴女なら事態が一段落したところで全員の首を刎ねてこの話がこれ以上の進展を見せない様にしているはずでしょう? なぜ今回に限って彼を見逃したの?」
「……お前がわざわざ助けた男だから……だ……」
「いまさら? それ説得力ある?」
嗜虐者の表情のままカイマナイナが笑う。
過去には真逆の結果を出した事が何度もあったのだろう。カイマナイナが言葉を続ける。
「新しいアンチクライストが覚醒したら少なく見積もっても数十万人の屍が積み上がる事になるわ。仮にこの街が覚醒の舞台になったとしたら被害は数百万に上るでしょう。そのリスクを考えたらアイリーの命一つ消す事を躊躇う貴女じゃないでしょう?命なんてこの都市だけで900万個も転がっているのだから」
「……ならなぜ、最初からお前が殺さなかった?」
「貴女がアイリーを目の前にして普段と違う様子を見せたからよ」
カイマナイナの返答を聞いたエイミーの顔から表情が抜け落ちた。
「?? …まさか。わたしはああいう男は嫌いだ」
「どこが? 初対面でしょう? 彼の事を何も知らないのにドコを嫌ったの? 嫌ったのに彼を殺さなかったのはなぜ?」
「???」
エイミーの双眸が行先を見失ったかの様に泳ぐ。
「アンチクライストの覚醒は私達エレメンタリストが背負う罪ではないわ。覚醒させるのはいつも人間の方よ。新しいのが現れたら封じればいい。数十万の屍が必要なら踏み越えればいい。私が警戒するのは封じたはずの過去のアンチクライストがもう一度覚醒した時よ。手の内を知った者同士の戦いは長期化するわ。被害は数千万、数億になるかもしれない」
カイマナイナの言葉を聞いてエイミーの瞳から光が消えた。
エイミーの薄く小さな唇から聞く者の体を凍り付かせる声音が漏れる。
「…封じられたアンチクライストの復活。本気でそれを口にするのか? ”無貌のアイナ“?」
「懐かしい名前で呼んでくれるのね。こんな些細な話題で昔の名前を持ち出すなんて、やっぱり今の貴女は普段の冷静さを失っている。アイリー・スウィートオウスのどこが貴女の気に障ったの?」
「それは誤解だ。わたしはあの男に何の興味もない」
「そう。嘘が続くのならこの話はここまでにしましょう。局長も私達を待っているわ」
そう言ってカイマナイナはエイミを追い越して次の扉へと近づいて行った。
その歩みをエイミーの問いかけが止める。
「アンチクライストの復活はあり得るのか?」
「…あなたはどう思う? ‟復讐者リッカ”?」
窓もない部屋の中に微かな風がながれた。
二人の会話と関係なく、床の近くから聞こえていた苦痛の呻き声が途絶える。
何か大きな塊が崩れ落ちる音がした。
ここまでエイミーとカイマナイナを先導していたヒューマノイドが縦横に切り刻まれた破片となって床にばら撒かれた。
この部屋に最初からいた名前も知らぬエレメンタリストも細かな肉の塊へと形を変えてしまっている。天井と言わず壁と言わず、無数をはるかに上回る無尽の傷が縦横につけられている。
「…その名でわたしを呼ぶな」
エイミーの唇から漏れ出たのは言葉ではなく声音の段階で成立する呪詛そのものだった。
この部屋の中、毛先ひとつ散らす事もなく無傷のままでいるカイマナイナが深い溜息をついた。
「そのヒューマノイドが開錠しなければこの扉は開かないのよ? どうするの? 力であけたらシステムが破損して局長の激怒を買うわ。貴女が怒られなさいね」




