17‐ 制圧
『2つの空間を直結させる際に物質は影響を受けるが光や音の波動は直結の影響を受けない。そんな都合のいいルールを持ち込める能力があるのなら、あの男は他にどんなルールを持ち込むだろう? 』
絶体絶命の状態の中でアイリーが抱いた疑問だった。
『男が最初に虎の死骸の脇を通った時に死骸の外見に変化は起きなかった。何故、空間直結の影響を受けなかったのだろう? 』
『一定条件を満たせば直結された空間の影響を受けないというルールが存在する』
『ルールを知る事はできないが虎が特例となる存在なのは明らかだ』
『ならば虎に男を攻撃させる事は可能か? 』
言葉ではなく直観、あるいはひらめきとしてアイリーの脳裏に浮かんだものをリッカは正確に理解した。
『あたしなら可能だね。虎は絶命していても内蔵されているAIは装置に耐熱・耐衝撃設計がとられて今も再起動は可能。欺瞞情報を流した時に試したけれどシステムの互換性はある。あたしが虎の体を乗っ取る事はできる。直結できればなお確実であたしは後頭部にその装置を持っている』
そうアイリーに答えたのはクラリッサだった。リッカが情報を与えていたのだろう。
『自分の支配下から外れたと男が察したら例外措置も解除されるだろう。チャンスは1回きり。その1回で男を完全に制圧できるだろうか? 』
『あたしは荒事のプロだよ』
―――――
光が収まったあと男が立っていた場所にはきれいな円形に血肉が散乱しており中央に男の首だけが転がっている状態だった。
炸裂した金属片は閉じられた空間の中をループして飛散した。
男の体を貫通し、背後の空間へと消え、そしてまた男の眼前の空間から現れて再び男の体へと飲み込まれていった。ミキサーにかけれられた様なものだ。
無論、クラリッサが操った虎も無傷では済まなかった。立ち上がった下半身はミンチとなって飛散し、地面には上半身だけが横たわっている。
男が操っていた他の虎も今は死骸に戻っているかのように動かない。
エドワードがゆっくりとアイリーを抱き留めていた手を離した。アイリーが目線を落とすと微かに血と洗浄液とで濡れた服の内側にふさがった傷が見えた。
治療が完了したのだ。まだ麻酔が効いているので痛みも感じない。
『え? …制圧したの? 』
アンジェラの声が聞こえてきた。
『私達だけで制圧? ほんとに? 』
『初めてエレメンタリストを制圧…うわ、この感情なに? 』
『私も感情の動きがすごい。並列化する? 』
『並列化はもったいないよ、それぞれパッケージにして交換しない? 』
『それぞれの役割で得た感情を4回楽しめちゃうよね? 』
『うん。そうしよ? 』
『ゆっくり楽しも? 』
ヒューマノイド達の通信を聞きながらリッカがアイリーに微妙な表情を見せた。
『え? この人たち、エレメンタリスト制圧したの初めてだって。わたし達、ガチでヤバかった? 』
『青い衣の男、まだ生きている…』
アイリーは血肉の中に半分埋まった状態になっている男の首が何かつぶやいているのを聞き取った。
母国語だろう、音は聞き取れても言葉は理解できない。
『リッカ、彼は何を言っている? 』
『スラングだから意訳しか出来ないけど、クソがぶち殺すって言ってる』
6頭の虎が爆発する様な炎を噴き上げた。今は全身が溶岩を纏った様相を見せている。体のサイズも二回りほど大きくなっている。
現実の炎を身にまとい毛皮と肉が焼け血液が比喩でなく湯気を伴って沸騰し臭気を放っている。
アイリーが幾度も経験している、凄惨な火災現場と同じ死の匂いが周囲に充満する。




