13‐ 死獣化
獣の毛が焼かれて焦げる匂いと血液が煮えて湯気に混じる匂いが漂ってきた。
匂いの元をアイリーが目で確かめる。
倒れ伏した6頭の虎がゆっくりとその身を起こし始めている。
全身から、目で視えると錯覚を起こすほどの瘴気が立ち上る。
致命傷を受けた箇所はそのまま、獣にすら宿る意志の光を双眸から失ったまま、大型の獣が立ち上がり身震いをし、咆哮した。
『クラリッサ、虎は何故立ち上がる事ができたと思う? 』
アンジェラの質問にクラリッサが答える。
『虎本来が見せる仕草がない。傷口をかばう素振りもない。蘇生じゃないね。通信妨害は有効になっているから遠隔操作の可能性も低い。体内に動作制御装置は確認できないから機械的な自律行動でもない』
『エレメント・アクティビティによるゾンビ化ですね。珍しい』
ブリトニーの声には微かに期待と興奮が混じっている。
『待ってください。治安介入部の二人は本当に彼の攻撃を看過するつもりですか?』
思考回線の中でアイリーが尋ねた。
「全てのエレメンタリストには殺人免罪の特権が付与されている。殺人行為を妨害する理由がない。僕たちは自力で切り抜けるしかない」
エドワードが顔をあげてアイリーに答えた。音声で答えたのはエイミーとカイマナイナにも聞かせようという意図があっての事だろう。
だが二人のエレメンタリストに動きはない。物珍しそうに部外者の視線でアイリーやエドワードを見物しているだけだ。
「自力で…」
アイリーは状況打開の可能性を考える。
「ミス・マクリミマーレ。貴女方の判断ミスで俺はこの件に巻き込まれた。俺は体の自由をミス・カイマナイナに奪われたままで逃げる事もできない。それでも貴女方はあちら側に加担する立場を取るのか?」
「あんたを救難する義務はないね。わたしはあんたを解放して、あんたは連邦捜査局の救命措置を受けている。その途中でどんな死に方をしてもそれは別件だ。お得意の損害賠償は連邦捜査局に持ち込みな」
「私の重力制御は解除したわよイケ顔の坊や。頑張って生き延びてみせて」
虎が咆哮した。空気の振動がアイリーの肌を刺激する。
触覚で認識できる音量にアイリーは本能的な恐怖を覚える。
視界の隅でリッカが歯をむき出して怒りを隠さずにエイミーを凝視しているのが視える。
アイリーは早々に気持ちを切り替えた。
確定している死を突き付けられるのはいつもの事だ。
「エイミー。カイマナイナ」
アイリーが呼びかける声に怯えも震えもない。
呼び捨てにされた二人がアイリーを見返す。
「貴女達の襲撃を生き延びた俺がこの程度の危機に屈すると思うか? 」
「やだ! 素敵! 」
カイマナイナが両手で頬を隠して声援を送ってきた。
そういう反応を期待しての挑発ではなかったんだけどな。
がっかりした気持ちになったアイリーをリッカが見つめる。
『この状況でガッカリが出てくるのがアイリーのスゴさだよ』
アイリーが微笑んだ。
強い意志に裏打ちされた笑みだ。
『リッカ、生き残るぞ』




