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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第四章 治安介入部
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07‐ ウォービースト

「お久しぶりね。ねえ、なんでこの男の救出にいきなり侵蝕部隊が出動してきたの? 」

「あたしの質問に答えろブタ」



 クラリッサの返答には容赦がない。だがそれだけ喫緊の問題なのだ。



「食う事以外に脳みそが働かないあんたにも分かる様に聞き直す。治療が終わるまでの10分間、安全は確保されているのか」

 返答は上空の迷彩ドローンから降ってきた。



「8メートル先で空間置き換え現象の予兆を確認」



 アイリーの前方の景色に異変が起きた。

 細い小径と周囲の花壇をまたぐ形で厚みを持たない長方形の光が立ち上がる。



 幅およそ3メートル。高さは4メートル強。

 光の向こう側から周囲と異なる温度の風が吹き抜けて異様な匂いを運んでくる。



 エイミーが大きく舌打ちをした。

「面倒な。さっさと殺しておけばよかった」



「あんたじゃ無理だよエイミー。アイリーはあんたのお情けで生き延びたんじゃない。自力で生き残る展開に持ち込んだんだよ。あたし達が到着するまで、あんたはアイリーの狙い通りにおしゃべりを楽しまされていたんだよ。マーヌーケー」



 クラリッサの嘲りを受けたエイミーがクラリッサではなくアイリーをにらみつけた。



 初めてアイリーとエイミーが互いの顔を正面から見る形になる。背後から刺し貫かれた者と刺し貫いた者。



 アイリーはまだ名前も知らない女性型ヒューマノイドがまるでアイリーを知悉しているかの様なコメントを出した事に驚いている。

 この人、誰だっけ?



「アイリー・スウィートオウス」

 アイリーを睨みつけながらエイミーがそう呟いた。続けて忌々しそうな表情を浮かべてアイリーから顔をそむける。



「ヘンな名前だ。特にスウィートオウスという苗字が嫌いだ」

 俺を殺しかけておいて…という感想が湧きかける。



 だがこの場の状況はアイリーの頭に浮かんだ様々な疑問や感想を一度に吹き飛ばす速度で展開した。

 アイリーの嗅覚を叩いたのは強烈な獣臭。皮膚を震わせる強さで周囲に響き渡ったのは複数の大型獣の咆哮だった。 



 光の扉が薄れて夜闇から順に歩み出てきたのは6頭の虎。



 想像もしなかった生物の出現に初めてアイリーの思考が停止する。

 アイリーが知っている虎とは何かが、いや、何もかもが違う。リッカがアイリーの真横に立った。



『全長4メートル少し。体重は推定で300キロ前後。特徴のある紋様。素材は中央アジアで飼育されているペルシャタイガー。でもステロイドで筋肉組織が強化されている。体の急所は金属盾で装甲されている』



 リッカの眼に浮かんでいるのは怖れや緊張ではなく興奮だった。

『対人戦闘に改造されたウォービーストだよアイリー。ナノマシーンで神経も強化されている。脳手術を受けてAIが共存している。殺人訓練を積んだ特殊兵が虎の体を持ったってイメージした方がいい』



『動物の兵器改造は禁止されている』

『合衆国ではね。スレドニャヤ・カザフ共和国では合法で軍にも配備されている』



『国内持ち込み自体が違法だ』

『今アイリーが目撃しているのはエレメンタリストの空間置き換え能力。多分、中央アジアか北アフリカあたりから直接乗り込んできていると思うよ』



 仮に8人乗りの1ボックス車に刃物を持ったず太いアームを装備させAIに知能をサポートさせたらどれだけの殺傷力を発揮するだろうか?



 それも6台同時に。



 こちら側はカイマナイナ、エイミー、クラリッサ。

 3人ともアスリートにも見えない程に細身の女性だ。



 武器はクラリッサの持つ拳銃2丁とエイミーの持つ剣。

 剣は両手に一本ずつ2本を装備しているがそれだけだ。



 エドワードとアイリーは治療中のため身動きさえ出来ない。



 多くの死亡事故を追体験してきたアイリーにも大型獣に襲われた経験はない。

 あるのは映像を通して得た知識だけだ。



 これから何が起こるのか。自分はどんな目に遭うのか。

 予想はつくが想像が追い付かない。思考の優先順位を自分で決める事が出来ない。



『アイリー?』

 リッカがアイリーの目の前に自分の顔を近づけた。視界のほぼ全てがリッカの顔で埋まってしまう。



『呼吸に集中してアイリー。今わたし達の周りにいるのは連邦捜査局の対テロ強襲チームとハッシュバベルの治安介入部だよ?』



『自分の安全の度合いが測れない。ウォービーストに対する戦力差を判断する材料がないんだリッカ』

 アイリーの視界が笑顔で埋まった。



『まあ、控え目に言ってアマガエルとロードローラーくらいの差はあると思うよ』

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