04- 急転
「劣等粗悪な判断力だな。お前たちの上司に同情すると伝えておいてくれ」
声を裏返す事も言葉を噛む事もせずにそう言いきれた事が剣の動きを止めた。
後日、いや生涯、この瞬間に怯える事なく平時と同じ声が出せた奇跡が自分の命を救ったのだとアイリーは繰り返し回想する事になる。
剣の動きが止まった事を最後のチャンスと捉えてアイリーは言葉をつづけた。
「乱暴な感想を言った失礼をお詫びします。ミス・カイマナイナにはもう伝えてありますが俺の名はアイリー・スウィートオウス。事故原因調査室の特別調査官です。あなた達二人に聞いて欲しい事がある」
そう言ってアイリーは自分の年収を口にした。
リッカが稼いでくる諮問契約の報酬と自分の資産の運用益については話題に出さなかった。だが給与だけでも国内同世代の平均所得と比べると20倍に近い開きがある。
「だから?今さら金で命乞いをするつもりか?私達の上司に同情する話はどうした?」
背後のエイミーからの返答に嘲笑の色が強く混じった。
体内の出血が自分の内臓部に溜まり始めている感覚がある。時間の猶予はない。だが即座に意識を失う程の大出血はない。
この場に至ってもまだ自分を観察する冷静さがある。
その実感がアイリーの声音に自信を与えた。
「俺がここで死んだら遺族となる俺の両親は治安介入部に損害賠償請求を起こす。俺がこの先30年以上受け取るはずだった給与の総額と退職金の合計額が逸失利益として算定される。ここで殺されれば慰謝料も請求できる。さらに事故原因調査室からも育成に投資した特別調査員を無為に殺害されたとして損害賠償が請求されるだろう。総額にすれば一般市民の生涯賃金30人分以上の金額になる」
エイミーの表情に不審と不安が浮かぶのをアイリーはドローンが撮影している映像で確認する。
「そちらでも試算してみてくれ。治安介入部は確実に発生するこの損害金額と貴女達が作戦を終了して持ち帰る成果の価値は釣り合うと考えるだろうか。貴女は単独でその判断が出来る権限を持っているのか?」
眼前のカイマナイナが驚いた表情をする。
「俺の今の状況は俺の視覚と聴覚を通して市警がリアルタイムで記録しつづけている。貴女達2人は組織に与える損害の大きさを知っていたという証拠はもう確保された。さあ、俺をどうする? 」
アイリーの視界が白一色、目を開けていられない明るさの光に包まれたのはこの瞬間だった。
アイリーの感覚が生み出した幻ではない。現実の光がアイリーを包んだのだ。
監視ドローンが滞空するエリアより遥かに高い地点から地上へ向けて6本のサーチライトがそれぞれの方向からアイリーを目指して投光している。
アイリー達の頭上から声が降りてきた。
「こちらは連邦捜査局です。ただちにアイリー・スウィートオウスを解放しなさい」
通告と同時にカイマナイナの全身に光の点が集められたのをアイリーは視た。
どこからか照射されている狙撃のレーザーポイントだ。数は全部で12門。




