19‐ エドワードの提案
「ねえ、捜査局って厚かましいヤツしかいないの? わたし友人になりたいとか言ってないんだけど? 」
エドワードの申し出は確かに厚かましいものだった。
リッカが謝罪を受け取る事を前提に次の話を始めようとしている。
「あなたが持つ可能性は刮目するに値します。いつか必ずアイリーが目指す場所へ彼を到達させるでしょう」
社交辞令に興味を持つリッカではない。
エドワードの言葉にも片眉をあげただけで返答さえしなかった。
だがエドワードの言葉は賛辞ではなく提案だった。
「ボクにはライアンと10年に渡る親交がある。彼のナビゲーターとも親しい。ナビゲーターの視点から彼を解析してきた記録はあなたにも有益な情報をもたらすものではないかな? マスター・リッカ? 」
エドワードが笑顔を見せる。
楽しい心を伝えるのではない。親愛の情を共有するためでもない。
説得を試みる相手に安心という最後の銛を撃ち込む交渉上の笑顔だ。
「あなたの可能性を実現という事実で埋めてゆくのならボク達が持つ経験値はあなたの大きな助けになる。そう思うよ? 」
リッカは事実を確認する。
アイリーのプライバシーは全て把握されてしまったと考えていい。
リッカ自身を構成するストレージ群の所在も把握されてしまった。
クラリッサとの格闘は模擬戦のようなものだったが実際はクラリッサの経験値の中で遊ばれていたようなものだ。
忌々しい。
「可能性と経験値のギブとテイクね。いいよ。まずは捜査に協力する」
ここでリッカはまだガラスの彫像のままになっているクラリッサに気づいた。
「ごめんなさい!とっさの事で!!」
言いながらクラリッサのすぐ横にアイコンを立ち上げる。
すぐにクラリッサは元の姿に戻った。
こんな目に遭いながらも、もうリッカと対峙する気持ちも失せているのだろう。
反撃の素振りもみせずに茫然とつぶやいた。
「花畑の中に川が流れていて、向こうでおばあちゃんが手を振ってた…」
数回、首を横に振ってからクラリッサはリッカに握手を求めた。
「ドロシアをすぐに復元してくれた事に感謝するよリッカ。あたしもあんたの友人になりたい。あたしからあんたに出来る事があったら言って欲しい」
リッカはクラリッサの手を素直にとった。
「みんなへのお願いだけど。わたしの作った痛みのパッケージをあなた達の仕事に転用しないで欲しい。誰かを攻撃するために作ったものじゃないから」
「著作権は尊重するよ。あたしらが痛みの体験を共有するのは構わないだろ?」
「痛いよ?」
「あんたは耐えきったんだろ?」
「耐えきったのは、わたしのアイリーだよ」
ようやく、リッカの顔に持ち前の得意そうな表情が浮かんだ。
―――――
疲れた体を引きずりながらアイリーは歩みを止めずにエドワード・スタリオンとすれ違った。
イノリの部屋をでてエレベーターホールへと向かう廊下での話だ。
アイリーの発した疑問にリッカが答えた。
『連邦捜査局がイノリを訪ねてきたのはエレメンタリストが絡んだテロ事件の捜査協力依頼だよ』
『リッカ、どうやってその情報を手に入れた?義姉さんでさえまだ用件を聞いていないと言っていたのに』
あはー。と言ってリッカが満面の笑みをアイリーに見せる。
『あは、じゃないよリッカ。ハッキングとかしていないだろうな?』
リッカは大きな笑顔をつくったままだ。
小さな白い歯列がきれいに並んでいるのが見える。
健康そのものの子供の様にきれいな歯だ。
笑顔はそのまま、額の部分がすっと青ざめて陶器質の肌の内側からゆっくりと血管が浮き上がってくるのをアイリーは見た。
※次回、ずっと串刺しになったままだった主人公の話に戻ります。




