17‐ 痛み
「アホか!」
クラリッサの罵声に軽蔑の意図は微塵も感じられない。
信じられないのだ。
そこまでの覚悟を持ってパートナーと向き合うナビゲーターがいるという事が。
「全てのAIは自分を死に追いやる自殺プログラムを作る事が出来ない仕様になっています。だからリッカさんもアイリーさんの体験した死に至る痛みを共有するためには痛みの解除コマンドをプログラムに組み込むしかなかった。リッカさんは最初から攻撃プログラムなんて持ち合わせていなかった。アイリーさんへの私達の無理解に対する怒りを伝えるにはアイリーさんの体験を伝えるしかなかった」
ドロシアが語りながらダガーの柄を右手で握りこんだ。
その手に左手を添える。
「強制的に感染、増殖を始める攻撃プログラムではなく組み込まれた者が自分のダメージを測定しようとした瞬間に連結を始める共感補助プログラムだからクラリッサの対攻撃無効化システムでは防御できないんです。だからリッカさんは撃ち込む事を躊躇った」
クラリッサの腕の中でリッカがもがき始めた。
「ダメだって!ダメっ!!」
「でも私達も同じ立場なんですよリッカさん。私達のエドワード・スタリオンが得た経験の中に私達が共有できないものがある事は受け入れがたいストレスです。彼が受けた痛みを知る事は私達にとって必要な自己救済措置です」
リッカの返答も待たずにドロシアが両手に授かったダガーナイフを握り直して躊躇いも見せずに自分の胸に突き立てた。
ドロシアの背後でアイコンが一つ浮き上がって作動を始めた。
ドロシアが呻き声一つ上げずに膝をつき首を前に落とす。
肩が震えている。痛みの転送が始まったのだ。
首筋から、長い髪の間から、着ている服の隙間から、瘴気の様な煙が噴き上がり始める。
ドロシアが顔をあげた。視線がエドワードを探す。
今は無傷に戻ったエドワードがドロシアを見つけて驚いて立ち上がりかけている。
ドロシアの両目から血の色の涙があふれてきた。
肩口から着ている服ごと右腕が落ちて粉と散って消える。
唇を強く噛みしめて声を押し殺しながらドロシアの視線はリッカを探した。
「これ…痛み…」
微笑もうとしているのだろうか、両目を細めて目尻をさげた表情をつくるドロシアの顔が顎先から黒く変色し始めた。
タートルネックニットを柔らかく盛り上げている胸元から赤茶色の染みが湧き出し煙を噴き上げ始めている。
ドロシアの顎が上へと跳ね上がった。両目は大きく見開かれているが瞳孔は消失して白目だけとなっている。溢れ出す涙の色は赤から赤茶、黒へと変色していっている。
顎から下が腐れ落ちる様に外れ、重みのバランスを失った頭部は逆向きに首の後ろへと垂れ下がる形となった。
「あんた達がこんなバカとは思わなかった!!」
リッカの声は悲鳴に近かった。




