13‐ 採決
まるで意味が通らない発言だったがブリトニーはクラリッサの言葉にうなずいた。
『今の会話がどう結論につながったのかは後ほど聞きましょう。私からも質問があります。今展開しているリッカとの打撃戦ですがクラリッサの動きは最新の特殊警棒術と少し異なっていますね』
『ネタバラシすんなよ、ブリトニー』
『ナビゲーターはパートナーの人間が興味を持っていない事には自身も興味を持たないという特性があります。私がリッカとアイリーを判断する上で重要な事です』
4人のオペレーターはモノの感じ方、考え方がそれぞれに大きく異なる。
互いに尊重しあう事で活発な意見交換を繰り返し難局を乗り切ってきた仲ゆえにだろう、クラリッサはブリトニーの問いかけに素直に答えた。
『最先端の格闘術は動きの効率化に特化している分、防御も効率化のコツを掴めばシンプルなんだよ』
他の3人が会話を中断してリッカとクラリッサの打撃戦へと視線を向ける。
『だからちょっと捻って古代インドの長剣術を応用しているよ。最短最速で組み立てられた最新式と違って長い訓練が必要になる動きが多い古代の格闘術は対応が難しくなる』
『でもリッカは対応している』
『見ての通りさ』
『最新の特殊警棒術を転用したらどうなりますか?』
クラリッサがブリトニーの顔を正視した。言葉にしていない隠した意図をブリトニーは質問に込めている。
そしてクラリッサはその意図を正確に把握した様だ。
『ブリトニーが想像している通りの結果になると思うよ』
『わかりました。アイリーを拘束し国家の安全保障を万全とする為にリッカを解体する必要があるかどうか、皆も自分の意見がまとまりましたか?』
『私はいつ採決をはじめてもいいです』
ドロシアがブリトニーの問いに答えた。最後にアンジェラが口をひらいた。
『私は皆に確認しておきたい事があるわ。ここで見極めるべきはアイリーが善人かどうかじゃない。人間の善性は周囲の環境次第で変化するわ。リッカが連邦捜査局に有効な攻撃力を保有しているという事実、その点だけで判断するべきだと私は思う』
そしてアンジェラは少し言い淀む様子をみせながらリッカとクラリッサの打撃戦へと視線を移した。
『リッカは不幸なナビゲーターだと思う。これだけのスペックを持っていてもアイリーの寿命が尽きた時点で必ずその個性は解体される。あと50年か60年で活動を終えてしまう運命が今日明日に早まったとしても不幸の本質には変わりはない。気の毒に思うわ』
独白するアンジェラの表情には本心からの同情が浮かんでいる。
アンジェラ達自身は現在で80年を超える稼働歴を持ち、今後もバージョンアップを重ねる事で寿命という限界を持たずに生き続ける。
さらに彼女たちは意識をマルチ化させて複数の筐体で活動し随時記憶を並列化させる事で1年間に数年分の経験を積む事ができる。
アイリーの体から出る事なくアイリーの寿命と共に活動を終えるナビゲーターAIは幽閉されたまま死期を宣告されている虜囚に等しい存在に見えてしまう。
だがアンジェラの独白に応えたブリトニーは別の感想を持っている様だった。
『ナビゲーターにとって世界はパートナーの意識内で完結しています。極論すればパートナーがいなくなった翌日に地球が滅びる運命であったとしても何の感想も持たないでしょう。リッカにとってアイリーは母星のような存在です。そこが滅びた後の宇宙などどうでもいいと思っています。そしてその発想を不幸とは結び付けないでしょう』
『想像もつかないわ』
『部外者の感傷など必要ないという事です。ではこれからアイリーの拘束について全員の決を採りますが、最後に一つ言っておきます。私の意見に賛成した者は今回のトラブルに対する行動責任を追及しません』
『それは汚いよ?ねえっ!!』
アンジェラの抗議をブリトニーは黙殺する。
クラリッサが二人から目を逸らして笑った。




