04‐ サバイバーからの伝言
※痛い表現が含まれます
『アイリー? 会社から連絡が入ってる。個別配信だけど緊急性ない。お客様の声。今みる?』
アイリーと同じタイミングでパプリカのピクルスを齧りながらリッカが尋ねた。
シャクシャクポリポリと本人より美味しそうな音を立てている。
……。 パプリカ…… やっぱりワッフルには合わない……。
そう思ったがリッカの笑顔に負けてアイリーは不平を口にはしなかった。チョコには合わないが、これはこれで美味しいのも事実だ。
職場を経由して個人から届けられたメッセージをリッカは“会社から”“お客様の声”と言った。
アイリーの勤務先は国際連合を前身とした国際組織・ハッシュバベルの災害対策課であり会社組織ではない。個人の発信元も事故や事件の当事者である事が多くお客様と呼ぶには適切ではない。だが他に適当な呼び名もない。だから“お客様”と呼んでいる。
アイリーの網膜に長方形に区切られた動画の画面が投影される。高校の制服らしいブレザー姿の少女が画面に現れた。
いかにも新1年生らしい拙さの残る髪型。怒っているようにも困っているようにも見える幼い表情は人生経験の少なさに由来する。
アイリーはこの少女に見覚えがあった。
「……リハビリが終わって…… 第一志望の高校に通うことになりました……」
少女の口調も怒っている様に聞こえるがそうではない。あらかじめ考えておいた言葉にさえ自信が持てずに語尾が消えている。
「私を覚えている人はいますか? ……2年前に父と航空事故にあったサバイバーです……。 事故は父の過失のせいと言われていたのを事故原因調査室の方が再生調査をして真相を見つけてくださいました」
アイリーは思い出した。
2年前に起こった自家用機の墜落事故。
住宅街への墜落は惨事となった。操縦していたのはこの少女の父親。飛行中の機体炎上から墜落までの時間に不自然な迷走が確認された。
実力不足の素人が操縦を誤ったのだろう。 その結果が住宅街への墜落という惨事を招いたのだ。
事故を映像解析した専門家達が公共放送でそう予測した。
事故原因解明の前に父親のプライバシー報道の方が過熱した。
専門家の分析。悲惨を極めた墜落現場。住民たちの悲嘆と怒り。
報道しやすい話題は豊富にあった。操縦者が一般人に比べて裕福だという事さえ非難の対象となった。
だが墜落原因は外部。しかも国家機関の誤射というスキャンダルだった。
解明したのは国家を超えた枠組みを持つハッシュバベル災害対策課・事故原因調査室。
きっかけは余りにも予断に満ちた専門家達の分析ばかりで物的検証結果が公開されない事を疑問に思った調査員の存在。
アイリー・スウィートオウスだった。
「父の死の瞬間を再生調査して下さった調査官の方にも…… リハビリが終わった報告をしたくてメッセ―ジを送りました。」
『覚えてるよお! 熱かったし痛かった!! あの死に方はキツかった』
リッカが腕を組んで頭を下へと垂れながらつぶやいた。
アイリーも思い出す。
焼夷燃料を浴びた体が燃え上がり、熱収縮を始めた筋肉を体重とテコの応用で動かしながら目的を成し遂げた。父親の決死の奮闘がなければ墜落地点は住宅街の中でも集合住宅の密集地となっていた。
父親のナビゲーターを介して同じ死に方を自身に再現したアイリーは覚えている。
父親は先に脱出させた娘の名を唱え続ける事で意識を保ち炎にまかれた密室の中で操縦を続けたのだ。
「……。 父の死は不幸でしたが不名誉なものではありませんでした……。 私も進学します……。 私は……勇気ある父の娘として勇気を大事に生きていこうと思います」
少女が言い淀みかけた言葉を顔を上げてはっきりと口にした。
「ありがとうございました。父と同じ死の経験をしてまで父の本当の姿を伝えてくれた調査官の方にもお礼がいいたくてメッセージしました」
『わざわざ俺なんかにこんな…… 』
父親と同じ死に方を経験しながら真相を解明した本人であるアイリーには、この少女の存在が死を確信した父親の心をどれほど強く支えていたのかも記憶として残っている。
見ればリッカは上を向いて大きく口を開けて泣いている。滑らかな肌に滂沱の涙が流れている。おいおいと泣いている。本当にそういう泣き方になるのだ。
『痛い思いも報われたよねアイリー! この子幸せになるよね!? 』
『うん…… 強くて優しい子になるよ。絶対に』
『アイリーも泣いていいよ! 頑張ったんだから!』
『いや、出勤前だから』
そう言いながらアイリーも下を向いてしまう。
国際機関・ハッシュバベル。第一資源管理局災害対策課 事故原因調査室。
特別調査官、アイリー・スウィートオウス。
出勤の時間になってしまった。