07‐ ブリトニー
リッカが闊達に答える。
『わたしも確認したよ。アイリーはエドワードの瞬間停止に気づかないですれ違い始めたね。この空間内はわたし達AIだけだからクロック周波数上げ放題だけど現実世界だとまだ2秒くらいの話なんだよねえ。不思議』
『ふっざっけんなよ!!』
雰囲気から親密さを増している様にさえ感じられるドロシアとリッカの会話に高速の打撃戦を展開中のクラリッサが割り込んできた。
『顔こっち向けて打ち合いながらドヤ顔で世間話されると腹たつんだよチビ!!』
リッカ、テヘペロ。
ドロシアの咆哮と共に攻撃と防御の衝突音は仮想世界での1秒間に8回を超える速度に加速した。
その二人の攻防を後ろで視ているのはまだリッカと会話すら交わしていない2体のヒューマノイドだ。
タイトなスーツ姿から伸びる足を揃えて床面に直接座る姿勢でいるのがアンジェラ。
今はリッカ達の戦いを焦点も定まらぬ目で茫洋と眺めている。
アンジェラの隣に片膝を立てて座り彼女を横目で観察しているのがブリトニー。
ブリトニーは得体のしれない黒い革で作ったゴシックドレスの下にレースのインナーと厚手の黒タイツという出で立ちでアンジェラと同じ顔である事を忘れさせるほど異なる雰囲気を纏っている。
下瞼を覆う様に垂らした前髪の隙間からエメラルド色に発色する瞳でアンジェラを見つめていた。茫洋と事態を看過するアンジェラを責める気配はない。
アンジェラは現在、自身で利用できるメモリーのほぼ全てを使ってアイリーの身辺調査を試みている最中なのだ。
その事を承知しているブリトニーはじっとアンジェラの帰還を待っている。
やがてアンジェラの瞳に我に返った様に光が戻った。
ブリトニーの元に二重暗号で保護された秘密通信が届く。
『アイリーの身辺調査を終えたわ。経歴に病歴、資産や通信記録はもちろん1年間の保管義務がある市内防犯映像からアイリーが映る全ての映像を収集したわ』
ブリトニーの視界の中に通信窓が開き今目の前にいるアンジェラと同じ顔、つまりアンジェラ本人が表示された。ブリトニーがかすかに頷く。
『こちらブリトニー。全員情報を並列化します。集合しなさい』
ブリトニーの視界の中、クラリッサとドロシアが映る通信窓も開く。
それぞれリッカと交戦中、エドワードを分析中であるが表示された顔に忙殺される焦りはない。マルチ化された別意識での通信だ。
目の前に浮かぶ3つの通信窓に向かってブリトニーは最初に謝罪を口にした。
『一般人のナビゲーターから反撃を受け仮想とは言えスタリオンの自我が瓦解の危機に直面しました。後ほど課長に報告しなければならない事態を迎えてしまった事に対して謝罪します』
最初にクラリッサが返答する。
『あんたが詫びる事じゃないだろブリトニー。言い出したのはスタリオンだし情報防壁を突破されたのはあたしだ。責任を取るとしたらあたしの方だよ』
ブリトニーが薄く笑った。その表情を見た3人のヒューマノイドの顔がひきつる。
『護衛の実務担当がチームメンバーを突き出してこいつのせいですって指させると思っているのですか?実務担当以外の報告を課長が受け取る可能性はゼロです。ふふ。ふふふ』
ブリトニーの口元に浮かぶ笑みが大きくなる。
『ポンコツフォースどもが。周波数が不安定な省電力ストレージに引っ越しさせてやろうか。頭がよく回らない環境で毎日毎日、コスト計算作業だけを押し付けてやろうか。いっそコンセントから電源を取るストレージに閉じ込めてタコ足配線の端から電源とってやろうか』
おそらく、AIにとってソレは苛烈なイジメに相当する仕打ちなのだろう。
そしてクラリッサは実際にその仕打ちを受けた事があるのだろう。
クラリッサを筆頭にアンジェラ、ドロシアが口々に弁解を並べる。
『うるさい!!いいですか?天才ライアンの後継者という前情報を持っていたのなら敬意と警戒、準備をもってアイリーに接触するべきでした。スタリオン、アンジェラ、クラリッサの実行責任は後ほど私が直接追及します。いいですね?』
かろうじて、自分のキャラクターというものを取り戻したブリトニーが宣言する。
『はい…』
名前のあがらなかったドロシアが安堵の表情を見せる。
ブリトニーがドロシアの顔が映る通信窓を正視した。
『ドロシア。あなたの責任が一番重いと私は考えています』
『私は反対しました!でも多数決で』
『お黙りなさい。多数決というのはアンジェラやクラリッサの様に意見がコロコロ変わる考えの足りないポンコツを予め取り込んでおいてから決に臨むべき、少数意見圧殺の独裁主義的手法です。戦況分析担当官が自分の意見を圧殺された事実を恥じなさい』
『はい…』
『貴女達の筐体が本局の備品でなかったら憂さ晴らしに対物狙撃銃で全員の頭を狙撃しているところです。特にクラリッサ。これからしばらくの間、実弾訓練の際には標的にあなたの名前を大きく書かせてもらいます』
『お、おぅ。わかった』
クラリッサが反論もしなかったのはブリトニーの気性がどれだけ激しいものかを知っているからだろう。
ブリトニーが小さく頷いた後、口調を改めた。
『情報の並列化を始めます』




