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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三章 侵蝕部隊
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05- 挑発戦

 よろしい、先ずは本音の舌戦だ。リッカはそう決意した。


 リッカの正面に立つジャージ姿の女性が興味深げに自分の足元、そして周囲をゆっくりと見回す。

 足元を確かめるように踏みしめて白一色の視認できない床面から自分の体に床反力が伝わる事を確認する。


 片手を目の高さにあげて掌を強く握りこんでみる。

 仮想空間内ながら自分に触覚を含めた五感が実装されている事を確かめて女性はリッカに笑顔を向けた。


『この仮想空間に入った途端、あたしの認識システムが強制連結状態で固定された。感覚があるのは新鮮でいいけどその干渉力は一般人のナビゲーターにしてはオーバースペックじゃねえ?』

『まあね。もっと褒めても構わないよ?』


『いや褒めてない。ビタイチ褒めてないよ?連邦捜査官の内蔵サーバーに仮想空間を立ち上げて本人の自我を瓦解させる。マリアナウェブの底に棲み着いている社会病質ハッカー達がチームを組んで実現できるかどうかっていうレベルの攻撃力だよ』


『ええ?防御力がお粗末すぎるだけだよ?素人作成のフリーソフト使ってるの?あんた貧乏なの?ってレベルの情報防御システムだったよ?』

 無論、これはリッカの挑発だ。だが女性は挑発には取り合わなかった。


『あんたのスペックは社会秩序の守護者というあたし達の立場からみて危険な存在に映るよ。あんたの能力の概要とその能力を持つ理由を聞かせてもらうわ』


 ジャージ姿の女性、クラリッサの両目が淡く発光を始めた。

 リッカが目尻に睫毛を集めた笑顔で応える。

 

『露出狂の変態とセットで現れて自分達は社会秩序の守護者ですって自己紹介されてもね。強いお薬出してくれるお医者さん紹介してあげようか?』


 クラリッサの長い黒髪が静電気を帯びた様にふわりと毛先を立ち上げた。

 どんな感情の表現かは説明するまでもない。


『余計なお気遣いをありがとう。あたし達が誰か分からずに話しているの?バカ?』

『自己紹介に現れて、わたしはだあれって話題振ってくる人はバカだと思うよ?』

 クラリッサが笑顔になった。リッカもさらに笑顔を深める。


 合意、賛意、友好、親愛の意志を言葉以外で伝える時に最も有効な表現は笑顔だ。

 決裂、反意、敵対、攻撃の意志が最も伝わる表現も笑顔だ。


 この時の笑顔は目が笑っていない。

 クラリッサもリッカも目が笑っていなかった。


 クラリッサが口を開きかけた時、リッカの左側に立つ髪を真ん中分けにしている女性が話に割り込んできた。


『こんばんわはじめまして!!リッカさんはすごくキレイなお顔立ちですね!ビスクドール系の妖精フェイスですよね!でも配布されているアバターパーツじゃないしプロのイマジネーターさんの作品群の中にもリッカさんと同じ雰囲気の作品みあたりません。もしかしてアイリーさんのオリジナルですか?すごいセンスいいです!私の顔は量産型で個性を出すにはメイクが必要だからすっぴん美人がすごく羨ましいです!私は連邦捜査局で戦況分析支援を担当しているドロシアと言います』


 話、ながっ。

 ドロシアの速射砲の様な早口に圧倒されたリッカが微かに顔をのけぞらせた。


 ドロシアもリッカに笑顔を見せている。

 こちらの笑顔は親愛の気持ちに溢れている。


 もちろん、リッカの前に現れた用件は穏やかなものではないはずだが。


 20代も半ばの大人の顔立ち、それも接客に特化した美形ヒューマノイドにキレイと言われたリッカの両目が一瞬泳いだ。


 リッカの日常はアイリーとの会話だけで成立している。

 今日テレサと会話を交わしはしたがリッカにしてみればアイリー以外の知性との接触は年に数回という頻度だ。


 交渉スキルはさておきナビゲーターのリッカは他のAIから褒められるという事に不慣れだった。


『こんばんわ…初めましてドロシア。わたしの名前はリッカです。も…もっと褒め…いや、やっぱりなんでもなくて』

『可愛いです!その妖精フェイスを毎日独占しているアイリーさんが羨ましすぎです!イマジネーターさんの作品ですか?アイリーさんのオリジナルですか?』


『ア…アイリーの』

『アイリーさん多才すぎ!!コスチュームも二人きりの世界限定って感じでハイセンスです!顔が凡庸で人目を気にして服を選んじゃう私からすれば夢の世界ですよ!!』


『お、おう。えっとドロシアは何をしにここに来たの?』

 ドロシアの顔に驚きの表情が浮かぶ。本来の用件を忘れていたようだ。


『私は今エドワードの状況を分析しているところです。正直に言って彼に何が起きているのか全く理解できません。仮想自我を構成する認識、記録、連想連結、判断推理、通信の各システムに異常はなく破壊されたプログラムも見当たりません』

 だって破壊はしてないし。


 そう思ったがリッカは一切表情を変えなかった。

 ドロシアの早口は留まるところを知らない。


『認知システムと思考アルゴリズムの核になる個体意識だけが瓦解を続けています。こんなサイバー攻撃は見たことがありません。まるで未知の技術です。せっかくだから製作者のリッカさんがいるところで分析を続けようと思っています』


 ドロシアへは顔も向けずに正面から目を逸らさないままリッカはその向こうで倒れ伏しているエドワードに注目した。


 彼は透明な円柱形のシールドに全身を覆われている。シールド内で様々な色の光点が明滅を始めている。ドロシアが状況分析を開始したのだろう。


『そう、頑張ってね。分析中だっていうのをビジュアルでも表現しているのが面白いね』

 仮想空間内なので物理的な設備を用意する必要もなければ映像化する義理もない。


 データ回収だけなら映像キャンセルが順当だ。なのにわざわざエドワードをシールドで覆って走査するという状況を映像化している事にリッカは興味を覚えた。


『ありがとうございます!がんばります!あ、でも倒れているエドワードはマルチ化された自我の一つなので私達はこれを損害と考えていません。私が初めて見る現象の機序を学びたいだけです。私の分析が間違っていたら教えてくれませんか?』


 問われたリッカの代わりにリッカの正面に立つクラリッサがドロシアに答えた。

『まずはエドワードをこの肌着まるだしチビに復旧させて、機序だかは力づくで聞き出せばいいんだよ。このチビちゃん自分の実力を勘違いしてるみたいだし』

 言いながら右手を自分の胸の前の位置まで上げてみせる。


 何もない空間から五寸釘を編み込んだ鉄条網をぐるぐると巻き付けた鉄パイプが出てくる。リッカが鉄パイプをまじまじと見つめた。


『ジャージで鉄パイプ!?だっさ!!え、お給料少ない自分を表現してるの?』

『はは、面白いね。あんた。初めまして。あたしはクラリッサ。連邦捜査局で情報戦支援を担当してる。忠告してあげる。この場でエドワードを復旧して、自分の非礼を詫びて、あたし達が求める情報を開示しな』


 重さなど感じさせない軽やかな動きで長さ42インチの鉄パイプを∞の軌跡で振り回した後に先端をリッカの顔へと突きつける。

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