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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三章 侵蝕部隊
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04‐ 仮想空間での遭遇

 エドワードは答える事が出来ない。それどころではなかった。


 顔面を殴られた。それは理解できる。ヒューマノイドにも触覚は実装されている。

 モノにぶつかっても気づきもしない、では街中を歩く事すら困難になるからだ。


 だがヒューマノイドに痛覚は存在しない。

 身体に損傷を負った時には解析数式を通して数値に変換された情報が最速で報告される。

 痛みという漠然とした危険信号装置は必要としていないからだ。


 エドワードは今、初めて経験する感覚に直面していた。


 右腕からの情報が一切送られてこない。

 胸部に詰められた各種センサーからは何の反応もない。

 顔の下半分を占める部位からの情報も途絶えている。


 代わりにエドワードの意識に届けられるのは強烈なノイズ。

 集音機能などないはずの箇所から大音量の破壊音が触覚を伴って駆け上ってくる様な感覚。


 自分の体のサイズをはるかに超えた空間のあらゆるポイントから最も微細な通信回路だけを選んで雷撃が流し込まれてくる様な感覚。


 思考が千切れる。

 思考プログラムを複製してそれぞれに状況判断をさせようとしても分化された全ての意識が次々と破壊されてゆく。


 感覚制御の数式が鉄のスレッジハンマーで折られた様な説明もできない瓦解感覚。


 エドワードの外見にも変化が起きている。

 体の輪郭が揺らぎ始めている。


 右腕が黒く変色し胸のあたりから上半身が輪切りされた様に微妙にズレ始め、首から顔の下半分は角砂糖の一角を水面に浸けた様にボロボロと瓦解を始めている。


 物理的な破壊ではない。

 リッカがエドワードとの情報連結の主導権を握り彼の意識を仮想現実空間に強制的に取り込んだ結果がこの白一色の世界だ。


 エドワードの外見上のダメージはエドワードがイメージした自分自身の損傷具合をそのまま表している。


 動けない。呻き声を上げる事も出来ない。

 届けられる轟音のノイズに思考が千切られ何かを判断するという事が全く出来ない状態に陥っているのだ。 


 知覚することも出来なくなった胸部と右腕がイメージを消失した。

 ただ、無言で首と残った手足をバタバタと動かしてもがき続ける。


 胸の前で軽く腕を組みながら左手の先を自分の顎にあてて考え事をする様な姿勢のリッカが黙ってエドワードを見つめている。2秒。3秒。


『…え?もしかしてコレでわたしのK.O.勝ち?おつ、解散の流れな訳?』

 エドワードは答えない。そもそもリッカの声が聞こえているかどうかも判別がつかなかった。


『なんかごめんね?手加減ヘタで。自分を基準にモノを考えちゃダメだよね。反省するね、打たれ弱すぎる露出狂ちゃん。じゃあ、わたし帰るね。キミの自我が瓦解したらこの空間も閉じられるから。それまで元気でね?』


 心から気の毒そうな表情を浮かべ、両手を合わせて拝むポーズまでとってリッカが一歩退いた。

 そこで足をとめる。


 リッカとエドワードの間にひとり。

 リッカの両脇と背後にそれぞれひとり。


 合計4人の女性が現れてリッカを囲んだ。

 女性はヒューマノイド。全員が同じ顔をしている。リッカは相貌検索を試みる。

 有効な情報は見当たらなかった。


 量産されている受付業務支援ヒューマノイド。

 同じ顔ならばインターナショナルホテルのフロントにも一流デパートの案内窓口にも見つける事が出来る。


 初期値での身体能力は一般成人女性と同程度。

 ただし、首から下がどの様にカスタマイズされているか、思考を担当するサーバーがどれ程の性能を持っているかは外見からは全く予想できない。


 仮想空間内とは言えリッカを四方から囲む様に登場したのはリッカを退場させるつもりはない、という意思表示だろう。


 リッカは現実世界での出来事と照らし合わせてみる。


 イノリの部屋から出たアイリーが廊下の前方にエドワードの姿を認めた。

 ほぼ同時にリッカの元に送信元不明のデータパッケージが送りつけられてきた。


 リッカがこれを受け取ったと同時にパッケージは勝手に自己解凍を始めた。


 解凍を傍観する様なリッカではない。

 解凍よりも先にパッケージを解析してのけた。


 アイリーの視覚への強制介入。

 酷く非現実的で暴力的なイメージをアイリーに見せるつもりである事が分かった。送り主の特定も容易だった。


 頭に来たので送り主のサーバー内に仮想現実空間を介入させた。

 そして空間内にこちらからも強制的にエドワードの仮想自我を誘導。

 安心してぶん殴った。


『…プライド高い連邦捜査局相手にやり過ぎたかもね。アイリーに苦情いくかな』

 そうも考えたが殴ってしまったものは仕方がない。


 リッカは自分を囲む様に現れた4人を改めて観察した。


 明るいブロンドの髪にキツめのアイライン。胸元を大きくはだけた襟のない白ブラウスと腰のラインに張り付く様なタイトスカート姿の女性。


 黒い髪で両目を隠したエキゾチックレザーのゴシックパンクの女性。

 これも黒髪をニット帽に隠しジャージと厚底のレザースニーカー姿の女性。


 深い栗色の髪を真ん中から左右に流して白のタートルに白のシャツを重ね、茶色のゆったりとしたロングスカートを履く女性。


 4人全員が私服で趣味はそれぞれに全く異なり、醸し出す雰囲気もまるで別人だ。


 AIの場合、外見が纏う雰囲気が別という事は持っている能力も別である確率が高い。  

 各々の能力を適切に活用できる性格を最初から設定する事が多い為だ。


 能力が違う4人が誰で何をしに自分の前に揃ったのかをリッカは考える。


 エドワードの事は先ほどアイリーとイノリの間で話題が出た時に最新情報を更新しておいた。

 エドワードの再起動は4年ぶり。

 4つのAIが支援チームを組んでいる。能力等詳細は非公開となっている。全員が女性型ヒューマノイドの筐体を採用している。


 この4人が、ソレか。

 原因がどうであれ、捜査官の仮想自我を一撃で瓦解させてしまった事はチームに対して警戒心と悪感情を抱かせるには十分だったろう。


 だが襲われて殴り返したことをごめんなさいと謝罪するのはムナクソの分野でリッカにとって耐えがたいストレスだ。

 悪くもない事を謝れる程ナビゲーターというのは世間ズレしていない。ましてやリッカだ。


 リッカが片手を腰にあてて立ちながらもリラックスした姿勢をとって口を開いた。


『登場が遅かったわね。通行人にちんこ見せて悦ぶ変態捜査官はもう壊れた後だよ』

 無言でいる4人に対して臆した風も見せずにリッカが言い放った。


 相手の情報が不足している場合の対峙法はシンプルだ。

 挑発して様子を見極める。

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