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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三章 侵蝕部隊
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03‐ ピーカブー

※ 主人公の生死は気にしないでください

※ 表現の一部に15歳未満の方にはピンと来てほしくないものが含まれます

 視界に立ち上がったアイコンの中で栗色の髪も美しいドロシアが苦笑している。



『あなたが仕事に集中しやすくなる情報を見つけておきました。私のスタリオン……。 今の事故原因調査室にはライアンさんの実績を超えたエースが在籍しています。調査件数も重大事故調査の解明報告もライアンさんが遺した実績を大差で突き放しています』



 ドロシアがエースの名を口にした。



『アイリー・スウィートオウスさん。天才ライアンさんの実弟です』



『天才を超える天才が連続して現れる確率は低いだろう? 外部に向けて粉飾した評価じゃないかと疑うよ』



 エドワードの後ろ向きな返答にドロシアが再び苦笑を浮かべた。



『ならば自分で確かめるべきだと思います。最初から何もかも失望してかかっては本質を見落とします』



 ドロシアの指摘は的確だった。



『その通りだった。ありがとうドロシア』



 通信の向こう側からドロシアの含んだ笑い声が聞こえる。



『どういたしまして。あなたの思考が適切に展開してゆく支援をするのも私の任務です。クラリッサさんに会ったみたいですね』



『買い物袋を6つも下げていたよ』



『あなたにお願い事をしたでしょう? その時に着る勝負服を買うって言ってました』



『勝負服……』



『現況を悲観的に見ていたあなたを元気づけたいと思っているんです。私もです可愛いスタリオン。クラリッサさんのお願いだけ聞くなんて不公平をしないで下さいね?』



『え? ……うん』



『私はあなたにしがみついているしか出来ませんけど…… あなたが気が済むように動いていいです。ちゃんとしがみついています。私の番もちゃんと予定しておいて下さい』



『ん…… うーん』



『私はこういう性格ですから4年の間ずっとご無沙汰だったんですよ?』



『うん。まあ…… そうだな。ヨソでヘンな癖をつけられたらボクは嫌だと思うだろうな』



『ふふふ。そうでしょう?』



 エレベーターが目的階に到着した。



 通信はそれきりとなりエドワードはイノリの待つ室長専用室へと歩き出す。



 廊下の向こう側から確かな足取りにも関わらず全身がヨロヨロになっている若い男が歩いてくる。その顔はエドワードの相貌検索にすぐヒットした。



「あれが…… アイリー・スウィートオウス」



 4年前、兄のライアンと一緒にいた彼に挨拶をした事も思い出した。



 当時はまるで印象に残らない取るに足らない新人でしかなかった。



 それが今の調査室のエース?



 表情を変えずエドワードは密かにアイリーを注視する。しっかりした足取りはパワードスーツを着用しているからだとすぐに気づいた。



 本人は起きているのがやっと、息を吐くのも心もとないといった風だ。



 着用しているスーツは仕立てられた一流品。皺もなく肉体労働をしていた様子もない。



 体温に異常な上昇もない。脈拍も正常。運動や労働による疲弊でなく、病気由来の発作でもないのは明らかだ。つまり、精神的に疲れている。



 なんだ、ひ弱な奴。



 先入観にとらわれ過ぎているという自覚はあるが、それでも否定的な印象を持ってしまう。少なくとも実兄を超える天才には見えなかった。



『あれがエースだと言うのなら今の事故原因調査室も凋落したものだ。今回の事件に彼が対応できるとはとても思えない』



 今回の来訪目的はアンジェラが担当したエレメンタリストによるテロリスト襲撃事件と警官殺しの件に向けての協力依頼だ。



 警察不介入のエレメンタリスト、国境を越えて暗躍するテロリスト、既に警察内部にも犠牲者が出ている。



 市警レベルでは処理しきれない、場合によっては複数の国家機関を巻き込んだ事変へと発展するだろう。



 だからこその自分の再起動、国際組織ハッシュバベルへの協力依頼だ。



 だが頼みにした事故原因調査室のエースがこれでは。



 ……試してみようか? 今のエースの実力がこの場で分かる様な強い刺激を与えて。



 例えば恐怖を与えてみて。



『ドロシア、アイリーにピーカブーを仕掛けてみよう』



 エドワードがピーカブーと呼ばれる作戦の展開をイメージする。



 対象となる人間のナビゲーターに暗号化されたパッケージを強制的に受け取らせ一時的に対象の視覚に介入する。



 もちろん違法行為だが連邦捜査局では職務質問を含めた尋問行為の際に限り、捜査官が自分の姿を相手の視覚の中で改変する事を黙認している。



 被害者からの聞き取りには相手の恐怖心や自己防衛本能を和らげる姿をとり、容疑者への尋問については相手を心理面から揺さぶる姿をとって捜査を円滑に進める為だ。



 ピーカブーはそのグレーゾーンの行為をさらに拡大解釈した作戦の一つであり、要は相手を視覚面から恐慌状態に陥らせるに効果的な姿をとった上での接触を指す。



『許可できる訳がないでしょう? 何の必要があって発動の申請を出すつもりですか?』



『事故原因調査室の現在のエースの対応力を測れば調査室全体の力量も推察できるだろう? 捜査上の秘密をどこまで共有できるかを判断するのに、相手の力量を推し量るのは必要不可欠な事前調査だ』



『後付けもいいところです。屁理屈です、私のスタリオン。私は許可できません』



 ドロシアの否定に対してエドワードがさらに反論しようとした時。



 二人の通信に第三の声が割り込んできた。エドワードの視覚内に小さな通信窓が開く。



 先程エントランスで会ったクラリッサと同じ顔。ただし髪型やメイク、雰囲気がまるで違う。



 優美な眉の上辺に沿って素直に垂らした前髪を思い切りよくカットし、濃いアイラインで他のオペレーターと一線を画した雰囲気を出している女性の下にはアンジェラ、と表示がある。



 声はドロシアともクラリッサとも同じ。ただ雰囲気はまるで別人だった。



『面白いわ。ライアンには大した理由もなく遊びで何回もピーカブーを仕掛けたでしょう? その延長と解釈すれば事故原因調査室もオオゴトにはしないだろうし、捜査局へも不自然な申請じゃなくなるわドロシア。 相手は天才の後継者なのだから』



『アンジェラさん、あなたはリスクの見積もりが雑すぎます。アイリーさんが不当な干渉を受けたと本部に抗議してきたら私達は反論できません』



 ドロシアの抗議はしかし、アンジェラに一蹴される。



『初対面の際の自己紹介は大事よ? 本質を探るために最短の合理を実現するピーカブーは私達の流儀に則っているわ。アイリーがこの程度の遊びにも抗議してくる様な弱虫でない事を祈ってはいるけれどね』



 三度通信窓が開く。窓の中にはクラリッサの笑顔があった。



『いいねえ!! ピーカブー! やろうぜ!! これでアンジェラ、あたし、スタリオンの3人が賛成。反対はドロシア。ブリトニーが反対したとしても賛成多数で決定だな!? アイリーへの電子介入なら任せなよ』



 クラリッサの笑顔が映る円形のアイコンの外郭が輝いた。何らかのプログラムが作動したのだろう。



『本部のメモリーを使うと邪魔が入るコトあるからね。エドワードの内蔵サーバーからアイリーのナビゲーターに視覚の強制介入パッケージを送信…したぜ!!』



 賑やかな通信を聞きながらエドワードが満足気な笑顔を見せる。



 現実にもエドワードとアイリーの距離は近づきつつある。



 一度会った事がある者同士が足を止めて声を掛け合うのに自然な距離まであと数歩というところだろう。



 アイリーはエドワードを既知の者と気づいていないのか視線をそらしながら無言ですれ違おうとしているのが見てとれる。



『ところでボクはアイリーの目からみてどんな姿に変身するの?』



『身長2mを超える斧を持った鎧の騎士。頭はライオンの頭蓋骨。牙マシマシ。体はぐっちゃんぐっちゃんに腐ってる。いきなりアイリーに襲い掛かる』



 クラリッサからの返答にエドワードは苦笑した。



 まるでファンタジーの世界に登場するモンスターだ。およそオフィス内の無機質な廊下には似つかわしくない。アイリーはさぞ驚くだろう。



『悪く思わないで欲しいな天才の後継者君。そして後継者に相応しい豪放磊落な一面も見せて欲しいところだ』



 声には出さず、エドワードが思考の中でつぶやいた。



 脳裏にはやはりライアンの姿がある。ピーカブーはライアンが好んだゲームでもあった。



 彼はエドワードがどんな姿に変化してみせても一瞬も恐れることなく純粋に驚きを愉しみ、喜んでいた。



 アイリーはどんな反応を示してくれるか。



 実は悲鳴をあげて逃げ出す姿をエドワードは予想している。



 予想があたる様なら今回の事件を扱うには実力不足という事になる。



 ……君に期待はしていない。だが、僕を失望させないでくれよ。



 そんな矛盾した感想を持ちながらエドワードはアイリーの様子に注目した。



『アイリーのナビゲーターが視覚への強制介入パッケージを受け取ったよ。ナビゲーター程度じゃ解読停止できない連邦捜査局特製暗号の塊。視覚認識野を強制同調させた後にパッケージ内の鍵生成ツールが作動して復号されるまであと4秒。3…2…』



 1、というクラリッサの声が届くより一瞬早く、エドワードは自分の視界がまばゆい白一色に染められた事に気づいた。同時に顔面に体ごと吹き飛ばされるほどの衝撃。



 上下も定かではない、自分の足元が下方にあたるのかどうかさえ分からない白い世界の中で、エドワードは感覚だけで自分の体が回転しながら後方へと飛ばされた事を認識した。



 自分が元いた場所にいるのは、自分より遥かに小柄な年端もいかない少女。



 陶器質の肌を競泳用の水着の様なバックレス・ノースリーブの露出の高いコスチュームに包んだ純白の少女。



 ただしその右手には少女の体の半分ほどもある馬鹿げた大きさのガントレットが嵌められている。



 ガントレットは薄い桜色に輝く金属で仕上げられ、様々なトライバル紋様が刻まれている。



 拳の部分は特に大きく作りこまれていて握った拳は少女の頭ほどの大きさになっている。赤に近い様々な色合いの雷光が握りこんだ拳の周囲に起きている。



『初めまして。露出狂の変態捜査官。 ……わたしからも自己紹介が必要?』



 送りつけられたパッケージが自動復号・作動開始する暇も与えずに暗号を解読してのけたリッカだった。

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