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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三章 侵蝕部隊
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01‐ ライアンへの追憶

※ 主人公の生死は気にしないでください

 時刻は十数分前に遡る。



 夜になっても人通りの絶えないハッシュバベル本部前の大通りに時代がかったスタイルの電動大型バイクが現れた。



 大排気量のガソリンエンジンを搭載しているかの様な外装はオールドルックスタイルの定番だ。



 ピジョンブラッド、鳩の血色と呼ばれるルビーの輝きを放つ巨大なタンクとリアフェンダー。漆黒のシート。



 鏡面に仕上げた白鋼色のエンジン部分は剥き出しに、空力性能を高めるため各所を装甲の様なエアロパーツが鎧う。



 安全を保証されたコクピットが設計されている車両ではどれほど大きくてもこの風格を備える事は出来ない。



 高性能の駆動機械が放つ力を生身の力で抑え込み操る迫力は大型バイクだけが与えてくれる快感であり威厳であった。



 ハッシュバベル本部前に居合わせた通行人の好奇と羨望の視線が集まる。



 バイクから降り立ったのは年の頃で言えば20歳前後の若い男。



 連邦捜査局のテロ対策専門捜査官、エドワード・スタリオンだった。



 エドワードはゆっくりとハッシュバベル本部のエントランス全体を見渡す。



 意識せずとも視界に入る全ての人物に相貌検索がかかり、手配中の人間、マニュアルから判定された挙動不審に当たる人間をサーチし、揮発性ガス検知による爆発物の有無を常時探知し続ける。



 エントランスに不審な点はなかった。だがエドワードの表情は冴えない。



『……ここには秩序があり、安全があり、人々には充実感がある。それが哀しい』



 言葉に出さずにエドワードは思った。



 行き交う人々はほぼ全員が定職を持ち自立して生活を維持している。



 今日の疲れを癒す我が家を持ち、絶望以外の何かが待っている明日がある。



 不安は自己研鑽の試金石となり不満は挑むべき目標へと変化してゆく毎日がある。



 それがとても哀しい。



『ライアン……。 君という存在を欠いた後も、世界は何も変わらず安全な毎日が繰り返されている。ボクにはそれが哀しい。これが寂寥というものか?』



 エドワードは現場から離れ昏睡したままだという友人へと語り掛けた。



 想像の中ですら友からの答えはない。



『まるで…… キャストを変えてリテイクされた世界を見せつけられている様な白々しさを感じる。秩序が保たれている分、この場が安全で満たされている分、君を失っても平気でいるこの世界が俺には…… 本当に哀しい』



 エドワードが前回ハッシュバベル本部を訪ねたのは4年3か月前だ。



 最後に扱ったのは犯行声明のないターミナル爆破事件。



 エドワードとライアンの親交は10年に及ぶ。



 迷宮入りが危惧される事件が起こる度、エドワードはライアンを頼った。



 事件の犯人を逮捕できない事自体も問題だが迷宮入りとなる事件の実行マニュアルが闇に流通する可能性を恐れての事だ。



 同じ手法をとれば警察につかまる事はない。そんな情報が流れたらどれだけの模倣犯を生む事になるか。



 事故原因調査室長のライアン・スウィートオウスは天才だった。エドワードは懐かしく回想する。



 行き詰りを見せた事件の報告書をライアンに見せると決まって不思議そうな顔をしてエドワードに尋ねたものだ。



「…犯人像ならここに書いてあるじゃないか。何が分からないんだ?」



 報告書を作り上げたエドワード本人が見落としている矛盾と不整合からライアンは最短ルートで犯人へと辿り着いた。



 最後に扱ったターミナル爆破事件も完全に解明され、緊急時起動型捜査官であるエドワードはシャットダウンされた。



 再起動されたのは2日前。



 エドワードからすればハッシュバベルを訪れたのは僅かに7日ぶりとなる。



 だが現実には4年3か月の月日が流れ、ライアンは別件の終末期再生調査中の事故で昏睡状態に陥ったまま、室長はイノリ・カンバルに引き継がれていた。



 盟友とさえ思えていた男の存在は現実世界では過去のものとなっていて彼のいない日常が既に展開されている。



 人間は愚かだ。とエドワードは思った。



 人生で獲得した情報はすべてナビゲーターが記録している。



 予め命じておけば知識連鎖と記憶連鎖のパターンも解析して保存しておける。



 本人の思考アルゴリズムと情報の保全が万全であるならば自我のマルチ化が実現でき、脳に頼らずとも電子部品による自我の復旧が出来る。



 少なくとも、周囲の人間からみればオリジナルの人間と同じ言動を取って見分けがつかない存在として復帰できるはずだ。



 なのに人間は自分の脳に代替品を準備しておく事、これに交換する事を忌避する。



 消化器も、循環器も、筋肉も骨格も、血液も、手足そのものさえ代替品を開発し交換する事を受け入れた人間が、脳だけは生まれた時に備わったものだけに固執する。



 オーバーホールもしないで一つ部品を何十年も使いまわしたら部品はどうなるかなど分かり切っているのに。



 人間は整備の怠慢による部品劣化すら「老化」と言い換えて天命として受け入れる。



 未だに不老不死や永遠の若さなどを夢想しながら、現実手段として一番簡便な自我の複製と部品交換を拒む。



 複製品には魂が宿らないからだ。人間は必ずそういう。愚かだ。



 魂とは偶発的状況に影響されない行動規範、判断基準の事ではないのか。



 なれば魂とは情報の一種であり複製と復旧が可能な存在であるはずだ。



「復旧への備えを怠った結果、事故原因調査室は天才を欠いた集団になってしまっているじゃないか。自分たちを社会的動物といいながら自分の存在が欠ける事で発生する社会的損失を考えない。愚かじゃないか。ライアン、君はどう反論する?」



 エドワードは茫洋と見渡す風景の中、自分に向かって歩み寄ってくる人影がある事に気づいた。



 黒髪をニット帽に隠しながらも大きな瞳と笑顔が印象的な女性。



 白い肌を首筋から鎖骨、細い肩へのライン、胸元の盛り上がりの始点まで晒している美しい女性型ヒューマノイド。



 緩やかに胸元を見せるTシャツの上はジャージの上下、足元は厚底のレザースニーカーとラフな格好だが、スポーツ着というよりも主張を持ったファッションに見える。



 ハイブランドが提言している今年の流行であり同じブランド内の定番スーツよりも高額な設定になっている上下を隙なく着こなすこの女性もまた、ファッションに関しては相応の上級者といえるだろう。



 顔は受付業務用に特化された量産型ヒューマノイドの市販品。



 だが強く描き込まれたアイラインと淡い陰影をつけた鼻筋がラフな格好に対してキリっとした印象を与えて知性と余裕ある大人の女性を印象づけている。



 両手に巨大な紙袋を6つも持っている。全てハイブランドのロゴが入っていた。



「エドワード!4年3ヶ月ぶりだなあ、おい!」



 ヒューマノイドはエドワード・スタリオンを常時支援する4人の女性型ヒューマノイドの一人、クラリッサだった。美しい外見には似つかわしくない乱暴な口調だが、慣れればそれも魅力のひとつに映るのだろうか。



難しい表情だったエドワードに笑顔が戻る。

※ 次話、R15な会話を含みます。

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