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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二章 エレメンタリスト
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13‐ エレメンタリストとの遭遇

 自分の体に起きた変化の把握を終えたアイリーもまた沈黙したまま女性を凝視する。不安が起こす思考の混乱を意思の力で封じ込める。



『リッカ、この状況をどう見る?』



『直接的暴力を伴うトラブルね』



『危機の度合いは?』



『ヤバい。超ヤバい』



 そう言いながらリッカの声はどこか楽し気ですらあった。



『相手がヤバい。打つ手を間違えたら死ぬよアイリー。今回は肉体も一緒に死ぬ』



 リッカの言葉に常に全幅の信頼を寄せるアイリーは、その言葉に先ず自分の体が反応した事を実感する。



 視界が鮮明さを増し夜闇の中でも眼前の女性の不審げな表情を詳細に観察できる視界を手に入れる。



 感覚の向上が起こったのだ。



『リッカ、トラブルの原因は目の前の女性で間違いなさそうか?』



『彼女自身はアイリーと同じ状況に陥っていない。なのにアイリーの状況を把握している。間違いなくこれは彼女が仕掛けている暴力よ』



 未だ痛みを伴うレベルではないとは云え行動の自由を束縛されるのは間違いなく暴力だ。防御も反撃も出来ないという意味で凶悪な攻撃に晒されていると言える。



 だがアイリーが持つ唯一にして最大の力を相手はまだ知らない。



 一瞬しか訪れないワンチャンスを正確に認識し最大限に活用する力。アイリーの判断力は微塵も削がれていない。思考がさらに加速する。



 何故、自分がこんな目に遭うのか。



 不運への嘆きではなく事実関係を整理するためにアイリーは思考する。



 不運に見舞われる事に直接原因はない。ないから不運なのだ。



 そこに必然があるとしたら、その状況は不運ではなく過失が招いた事になる。



 アイリーには自分の過失は思い当たらなかった。ではどんな偶然が重なったのか。 



 これはどんな類のトラブルか。



 誘拐など最初からアイリー自身を標的にした犯罪か。あるいは粗暴な暴力犯罪か。



 遭遇は偶然だった。アイリー自身が標的である可能性は低い。



 相手は誰でも構わない粗暴犯罪の可能性はどうか。強盗、恐喝、傷害。



 彼女はアイリーの何に反応して攻撃行動に移ったのか。



 そして彼女はどの様な力でアイリーの自由を拘束しているのか。



『アイリー、唾を吐いて』



 リッカの求めに応じてアイリーが地面に小さく唾を吐いた。



 この状況を不愉快に感じていると訴える様に、忌々し気に地面に唾したアイリーの視線は目の前の女性ではなく自分が吐いた唾の軌跡を追っている。



『視たね? アイリー。アイリーが今感じているのは過重力による負荷の増加。自分の体を動かせない程の過重力がかかっている。でも唾を吐く事は出来る。吐いた唾は普通の速度で落ちる』



『遠心力も加速力も用いないで重力操作ができる技術など聞いた事がないよ、リッカ』



『呼吸器も循環器も重力操作の影響を受けていない。アイリーが筋肉を動かした時にだけ運動量に等しい負荷がかけられてくる。そんな滅茶苦茶が出来るのはエレメント・アクティビティだけ。アイリー、彼女はエレメンタリストだよ』



 エレメンタリスト。現代科学の解析を受け付けない能力を持って生まれた存在。



『厄介だよアイリー。殺人免責の特権があって物理的な力で対抗するのはほぼ不可能と言われているエレメンタリストがアイリーに明確な攻撃の意志を持っている。控え目に言って絶体絶命状態だね』



『控え目にか。大げさに言うとどんな表現になる?』



『死ぬしかねえ』



 リッカの言葉は端的だったがアイリーを不安に陥れる事はなかった。



 死ぬしかない、という運命自体はアイリーとリッカにとって重要な情報ではない。



 重要なのはその瞬間までにどれ程の時間が残されているかだ。そこに生還の可能性が必ず埋まっている事を二人はよく知っている。



 リッカの言葉は、その瞬間までにはまだ余裕がある事を言外に語っていた。



 アイリーは改めて目の前の女性に意識を向ける。彼女はアイリーが倒れていないという事実に驚きをもっている様だった。



 実際のところアイリーが立っていられるのは装着しているパワードスーツがバランスを取っているからに過ぎない。アイリー一人だけであれば両手両膝を地についてしまっているだろう。



「ああ! パワードスーツか何か着ているわけね! なるほど、なるほどね!」



 女性が手にしていたブリトーの残りを口に放り込んだ。大きく口を動かして咀嚼しながら滑舌もよくアイリーへと語り掛ける。器用な女だ、とアイリーは思った。



「そんな仕掛けで私と向き合えると思ったんのね?」



「何の事か分かりません。今俺の体が動かないのはあなたの仕業ですか?」



「そうよ。あなたの雇い主はエレメンタリストの能力を教えてはくれなかったの?」



 不用意な発言の多い女だ。そして思い込みも激しい。



 アイリーはこの短い会話から状況の大枠を読み取れた気がした。



「私はサプライズでも良かったのに」という彼女の言葉をアイリーは思い出す。



 サプライズ(びっくりが伴うイベント)でも良かった、という意味だと思うから彼女の意図が読めなかったのだ。



 サプライズ(奇襲攻撃)でも良かった。ならばどうか。



 目の前の女は何らかの作戦を展開中である可能性が出てくる。そして「雇い主」という言葉を使った事からアイリーを奇襲攻撃を仕掛けてきた敵対組織のメンバーと考えている。どこで誤解を受けたのだろう。



 誤解の原因は分からないままだがアイリーは自分の身の安全に一つの可能性を見出す事が出来た。



 彼女が組織に属し作戦行動の最中であるのならアイリーへの生殺与奪の決定をするのは彼女の感情ではない。

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