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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第二章 エレメンタリスト
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11‐ 言葉のマシンガン

 怒っている。らしい。相変わらず芸が細かいというかこだわりのある感情表現だとアイリーは思った。さらに自分の予想は間違っているらしい事も分かった。



 リッカの助言を得られずに自分の記憶を探る。今現在進行中の捜査の案件をリッカがどうやって知る事が出来たかを推理する。



『あ、もしかしてリッカさんはまだ連邦捜査局の諮問AIっていう肩書を』



『持ってます。わたしが発表した論文が評価されて連邦捜査局の諮問AIの委託を受けました。任期ありません』



 アイリーの言葉遣いが改まったのは怒りを恐れるため。



 リッカの言葉遣いが改まったのは怒りを一旦抑えるためだ。もちろん、爆発に備えて。



『補足すると同じ様にわたしの論文が評価されてハッシュバベル先進医療課グランドシスター級アドバイザーの仕事を受託したのがわたしとセイントマザーAIのテレサとの接点になります。飯友じゃないです』



 ああ、言葉尻がすごく丁寧だ。これはかなり怒らせた。とアイリーは覚悟を決める。



 言葉のマシンガンを浴びる覚悟をだ。



『アイリー分かってないね! 事故原因調査官として自分がどれ位チート設定されてるか、本人がまったく理解してないね! なに? 他の調査官の数十倍の調査実績は痛いの我慢してるだけで達成していると思ってる? プロバイダー契約している回線から市販OSで閲覧できるサイトだけ巡っていれば世界の情報は全部手に入ると思ってる?』



『思ってないです』



『嘘。もしくは正しくないわ。思ってない、じゃなくて考えたコトもない、だね! バカなの? バカだった訳ね? わたしは今まで自分の能力を全開状態で稼働させて痛みに鈍感なだけが取り柄の頭の悪い子しか作れなかった。アイリーはそう宣言するわけね?』



『違います』



『頭の悪い子の判断なんて聞いてねーよ! 違わないんですー! アイリーは頭の悪い子ですー! そんな子を作ったわたしこそバカまるだしですー! もう情けなくてここから先のアイリーの人生全部、わたしは歌だけ歌って過ごしたくなるわ』



『いや、リッカの努力には本当に感謝しているよ』



『もっと感謝しても構わないよ?』



『うん。すごく感謝してる』



『悪い頭なりの感謝なんて嬉しくもクソもないわ』



『いや、感謝は心でするものだから』



 リッカの顔に少し満足気な表情が浮かぶ。



『そ? 心からわたしに感謝してる?』



 アイリーが必死にうなづく。



 リッカの姿が見えない傍観者がこの場にいたらパワードスーツの補助を受けながら真っ青な顔をしてフラつく特別調査官が言葉もなく一人で頷いている姿が見えるのみだ。



 一体どんな失敗を仕出かしたのかと勘繰られるだろう。



 幸いにも周囲に人影はない。アイリーは1階エントランスへの直通エレベーターを素通りして同じ階にある緊急時避難通路へと向かった。



   ・

   ・ 

   ・



 連邦捜査局の捜査官とすれ違い、不用意にリッカを怒らせて面罵された。



 この短いエピソードの影であった決して小さくはない出来事をアイリーが知る事はないままに物語は進んでいく事となる。



   ・ 

   ・ 

   ・ 



 調査直後のフラつく体で人込みの中を歩くのは負担が大きいのでアイリーは少々の遠回りになっても避難通路から利用者が極めて少ない避難用出入口を出て家路につこうとしている。



 これは毎回の事なのであらかじめの打ち合わせなどない行動だった。



 要所要所にあるセンサーはIDを正確に把握して誰何もなく扉を開ける。



 ほどなくアイリーはハッシュバベルの本部ビルから裏手の公園にある遊歩道へと出た。すっかり夜となっている。



 遊歩道は公園内の見どころをつなぐメインストリートではなく雑木林の下生えを刈込み踏み固めただけの小道だ。



 ここを通ると本部ビルからは少し離れた通りに出る。



 そこでタクシーを捕まえて帰ろうと思っていた。



 街路灯もまばらな小道は非常に暗いが同じ道を幾度も利用しているアイリーに不安はなかった。



 数分歩いたところでアイリーの嗅覚は小径へと届く食べ物の匂いを嗅ぎつけた。



 熱した肉とソースの匂い。自分がおやつの様な朝食を食べたきりでいたのを思い出す。



 こんな小道の、いったいどこから?



 見知った道の途中だっただけに周囲への用心もなく、好奇心からアイリーは匂いが強く漂う方へと足を向けた。



 匂いの強さから相応な量の食べ物がありそうな予感を持つ。もしかしたら公園脇に移動販売車でも来ているのかもしれない。そうなら夜の買い食いも楽しいな。



 アイリーの足取りが軽くなる。



 良い匂いを漂わせていたのは雑木林の奥にあるベンチに一人で座っている若い女性だった。傍らにテイクアウトの食品が山と積まれている。



 XLサイズのピザが4箱。フライドチキンばかり20ピースが樽型の容器に入れられてある「どっさりセット(バーレル)」という名前のセットが2つ。



 オールポークブリトーが16本。これは山型に積まれている。チャイナタウンのドギーバッグも3つ積まれている。



 つまり、これからここで何らかのパーティが行われるわけか。



 売り物ではなかったことに落胆してアイリーはその場を通り抜けようとした。



 細かな進路変更ならばどちらに進んでも大通りに出られる順路は把握している。



 それでも美味しそうな匂いにつられて、アイリーは先行して場所取りをしているか、少なくともここで人待ちをしているのであろう女性を見た。



 明るい赤茶色に髪を染めたハワイ系の女性だった。大きく額を晒した褐色の肌に大きな瞳、山型に整えられた濃い眉と南方系の全ての人種に見られる厚い唇が特徴的な美しい女性だ。



 小柄で細身な外見は、もしかしたら頼まれごとを断り切れない一面があるのかもしれないと想像させる。



 一人でパーティの準備を整えて見張り番までしている様子がその想像に信ぴょう性をもたせる。



 女性の周囲に人影もない一人きりの様子だがとても幸せそうな笑顔でブリトーを手にとっている。大きく一噛みしたところでアイリーと目が合った。




 美味そうなものを美味そうに食べている様がうらやましい。



 そう感じたアイリーはどんな表情をしていたのだろう。



 アイリーと目があった女性はつまみ食いを中断してアイリーに声をかけてきた。




 まだ、知らぬ間柄同士が声を掛け合うには不自然な位の距離があったが他に人影もなかったからだろう。



「見知らぬ女性が一人で食事をしているのをじっと見るのはマナー違反よ? お兄さん」


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