09- ダイナーでの惨劇
ナビゲーターからの助言を受けてサルマはリーシャに“思考アルゴリズムの中に警戒度に応じて連結するパッケージは存在するか”と質問した。リーシャは存在すると答えた。問われて初めて気が付いたそうだ。
「連結させるとその分のリソースは基本反応から振り分けられるっス。いろいろ雑になるかもっスよ?」
「どの辺が雑になるのかも見ておきたいわ。貴女とはしばらくコンビを組んで動くのだから」
そう答えたサルマはリーシャの瞳が薄く発光した事に気づいた。
「……車載の衛星通信機能は最低限に絞っておいた方がいいッスね。ココは本来通信網圏外エリアになっているッス。普通このテの車に衛星通信機能はついてないモンっス」
「いい着眼点ね」
二人を乗せた車が街道脇の補給基地…… 寂れ切った小さな商店の前に到着した。平屋建ての横に長い建物で屋内には雑貨を売るスペースの他にダイナースタイルの食堂もある。母屋から少し離れた位置に液化燃料と気化燃料の補給設備も見える。
建物の中央に店の入口がある。セダンタイプや5ドアタイプの高級車が入り口近くの駐車スペースを避けて隅の方から順序良く停車している。
その様子を見てサルマが笑顔を見せた。
「見るのよ、赤ちゃんリーシャ。運転手付きでもおかしくないレベルの高級車が端から順に停車しているわ。その不自然がわかる?」
リーシャが首を横に振る。
「金持ちはね。入口近くのスペースに車を停めたがるものよ。後から来る利用者の為に出入りに便利な場所を開けておいてあげるなんて発想は持たないものなの」
「はっ…… つまり店の中全員、最初からグルってコトっスね?」
リーシャの連想は剣呑なものに、より実戦的なものに切り替わっている。自分達が乗ってきた車を店の正面に停めて、サルマとリーシャは店の入口ドアを開けた。
イートインスペースとして4席ほどテーブル席がある。それぞれに先客が座っている。今まですれ違う車もなかった寂れた街道なのに、だ。
店の奥にカウンターがあり天板の向こうに初老の痩せた男が立っている。店主だろう。サルマは臆する様子も見せずにカウンターへと近づいていく。リーシャが一歩遅れてこれに続く。
「車に積み込む携行食を補給したいの。何かおススメはある?」
「旅行者かい? お嬢さん?」
愛想良く店主がそう尋ねた。サルマも笑顔で答える。
「車で大陸を横断中よ。連れは旅行会社が手配してくれたヒューマノイド・ガイドよ」
「ヒューマノイド! そりゃ珍しい。人間と見分けがつかないってのはホントだねえ」
演技ではなく、店主が驚いた表情でリーシャへと目を向けた。リーシャが笑顔を見せる。店内に背を向けたままの二人に野太い男の声が掛けられた。
「ヒューマノイドにも穴はちゃんと開いているのか?」
サルマがゆっくりと背後を、自分達が入ってきたばかりの入口の方を振り返る。いつのまに立ち上がり移動していたのか、3人の男が入り口をふさぐ形でサルマ達の背後に立っていた。
サルマが改めてゆっくりと店内を見回した。店内にいた先客は全部で12人。全員が2メートル近い巨躯を持つ男だ。
『私の見立てではヒューマノイド、アンドロイドはいない。体の一部にウェットマシーンを組み込んだサイボーグがいるかどうかはまだ判断つかないわね』
思考通信でサルマがそう言った。リーシャも男達の顔を一通り見まわす。
『ウチはサルマに初めて会った時、相貌検索でサルマがカルテルの幹部だとすぐに照会できたっスよ。一般人が使える国内ネットワークで辿りつける範囲内の検索っス。こいつら、誰もサルマの身元を確認しようとしてないっスね』
『バカが揃っているのよ。後々上層部が真っ青になる様な要注意人物がこんな所に来るわけないと思い込んでいるのね』
そんな会話を交わしながらサルマは顔を緊張に強張らせながら固い声音で男達に言い放った。
「……失礼な男と会話するつもりはないわ。 ……おじさん、食糧がないならこの店に用は無いわ。帰るわね」
「旅行ガイドの姉ちゃん、この辺は警察呼んでも半日は誰もこない場所だって知ってたかい?」
入口を固めた男の一人がリーシャにそう尋ねた。手には大振りなモンキーレンチを持っている。銃ではない。工具だ。ただしその先端は赤黒く錆が浮いている。
「ウチの定時安全報告が途絶えたら保険会社から救難チームが追跡に来るっスよ。今は…… まだ何も起きていない状況っス。ウチらは何も買わずに店を出て旅を続ける。ここでは何も起きなかった。今ならまだ、それが間に合うっス。……入口を開けて通して欲しいっス」
リーシャもまたサルマの嘘に、自分達は何の後ろ盾もない無防備な旅行者だという嘘に話を合わせた。男達がその嘘をそのまま受け入れて油断を見せたのを確認する。
『男がバカなんスか? コイツらがバカなんスか?』
『男はバカだし、コイツらは輪をかけた大馬鹿ってトコね』
陰で容赦のない罵倒を浴びせられているとは知らない男が手にしたレンチで自分の肩をトントンと叩いて見せた。殴るために用意されたものだとサルマ達に見せつけている。
「保険会社が来る頃にはお姉ちゃんの躾も済んで買取り先も決まっているさ。時間はたっぷりある。……ダークスキンの女は久しぶりだ」
「待って…… 待って。私はまだ旅行資金に余裕があるわ。私自身をどうこうするよりも高い金額を貴方達に提案できると思う。自分の安全をお金で買うわ。暴力は止めて」
サルマがそう言った。顔が青ざめている。声が微かに震えている。その怯えを男たちは見逃さなかった。
「いい話だ。金を残らず吐き出したらご褒美にたっぷりと可愛がってやるよ」
テーブル席に座ったままの男からも嘲笑の声があがる。
「ヒューマノイドの方はどうやって愉しむんだ? 誰か経験あるか?」
「口の中にローションでも流し込めば何とか使い道もあるだろ。ヒューマノイドは後でバラせばバラした数だけ金になる。今日はついてるな」
『? 口の中にローション入れると何が使えるんスか?』
『可愛い赤ちゃんリーシャ。今すぐに知る必要のないクソ知識よ。自分の仕事を優先させなさい』
リーシャとサルマのやりとりに恐怖や焦りはない。サルマは眼球をほとんど動かさずに男たちの様子を油断なく監視している。
何人かの男たちは無意識か予行練習のつもりか太い手指を曲げ伸ばしして何らかのジェスチャーを始めている。過去に女性を襲った時の事を追体験しているのだろう。そういう手指の使い方だった。
サルマもリーシャも銃器の類は一切身につけていない。完全な非武装だ。男たちはそれを目で確認している。店内の空気が暴力への期待に淀み始めた。正面に立つ男が大ぶりなモンキーレンチ、錆びた鋭角を持つ方の先端をサルマへと向ける。
「これで前髪の生え際あたりと耳の上あたりに思いきりデカい穴をあけるんだ。痙攣が起きてな。丁度いい力加減で暴れる女になる。締まりも良くなる。女の体ってのは便利な造りをしているな。そう思わないか?」
男の恫喝を浴びてサルマは下唇を噛んだ。 ……と見せかけて素早く舌先で自分の唇と唇の端を潤す。唾液に濡れそぼった口元に男達の視線が集まる。サルマが両腕で自分の体を抱きしめる様な姿勢をとり男達に背を向けて床にしゃがみこんだ。
「暴力はやめて!! お願いだから!! お願いします!! 近寄らないで!!」
高く浮き出た肩甲骨と細く絞られた背中のラインから柔らかさだけを滴り集めた様な尻のラインが男達の目をくぎ付けにする。
椅子を蹴り上げる様に立ち上がる男達の興奮した笑い声が店内に響く。
サルマ自身も経験したことのない惨劇が始まった瞬間だった。




