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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三部: 第四章 アリアードナ(リーシャ)
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02- ヘリポートでの決着

 ドロシアの貫き手が自分の体に届いたという事は空間置換え能力を用いた物理攻撃無効化の防御壁が突破された事を意味する。



“自分よりも強い能力を持つエレメンタリストからの支援も受けている、という事か”



 即死寸前の重傷から数秒で完全回復した青い衣はそう判断した。エレメンタリストが発動する能力は科学力で対応する事ができない。最新科学は物質の空間転送をまだ実現していない。その原理さえ解明されていない。



 エレメンタリストの能力に対抗できるのは、より強い能力を持つ別のエレメンタリストだけだ。心当たりならある。



 軍事の世界で名を馳せる“雷撃のミサキ”、一国を壊滅寸前に追い詰めた“結晶化のネイルソン”、そしてハッシュバベル治安介入部の“強制吸収のカイマナイナ”。いずれも青い衣では太刀打ちも出来ない存在だ。



 嫉妬や焦燥感は感じない。自分が北アフリカで展開しているテロ組織と合衆国連邦捜査局侵蝕部隊とは条件次第で共闘さえ可能な関係にある。



 掲げる理想、思想に裏打ちされた行動が真逆のものであっても活動エリアが被らなければ実利が優先される。力の世界には往々にみられる関係だった。青い衣にとって浸食部隊の戦力強化は歓迎すべき事だった。



 ドロシアは「試したい事がある」と言った。対エレメンタリスト戦に有効な攻撃手段、あるいは戦術についてだろう。自分に実験台になれと言っている。それすらも歓迎すべき提案だった。



 自分だけが未完成状態の“新しい攻撃力”を知る事ができるのだ。得難いアドバンテージだ。



 ならば…… どのエレメンタリストでも実装できる汎用性の高い攻撃方法から試してみるか。



 青い衣が放ったのは槍状に形成した空間置換能力だった。不可視の槍が触れるもの全てを別の空間へと弾き飛ばしながら最大30メートルの長さまで伸びる。



 爆撃のアンジェラ、銃撃のクラリッサと異なりドロシアの間合いは自分の手足が届く範囲に限定されている。数メートルの距離は彼女にとって致命的不利となる。



 ドロシアがI字バランスの様に片足を高くあげた。上体をひねり両腕を羽根の動きの様にくねらせる。膝を曲げる。伸ばす。片足で跳躍する。空中で体を伸ばし一回転して両手をついて地に落ちる。



 素人が思いつきで試みた出来の悪い前衛舞踊の様な動きだった。青い衣に何のダメージもない。だが青い衣の顔は一瞬で強張り、青ざめた。



“不可視の槍が全て躱されている”



 どうやって? それは分からない。だが気付けばドロシアは青い衣との距離を一気に詰めてきている。青い衣が思わず数メートル後退した。空間転移だ。それ以上の距離を取らなかったのはまだ戦う意志を持っていたからだ。



「流石…… ドロシア様。俺に奥の手を晒させるとは」



 感嘆よりも喜悦の感情を滲ませながら青い衣がそう言って身に着ける長い衣をはぎとった。中から現れたのは野戦服だ。腰に大振りのナイフと手榴弾、手には散弾銃を持っている。衣の中に隠しきれない大きさのものばかりだった。



 ドロシアの顔にも笑顔が浮かぶ。



「これは……古典的クラシカルかつ正統的オーソドックスな装備ですね。愉しめそうです」



 手榴弾も散弾銃もドロシアが持つデータベースに存在しないものだった。既製品ではない、という事だ。そしてどちらもオリジナルを製造するメリットはない。



 青い衣が散弾銃を構え、前方から肉迫するドロシアへと発砲した。ドロシアの足元で土砂が噴きあがる。ヘリポートの舗装された地面から突然土石流が噴きあがった様な…… あるいは重戦車の主砲が至近距離から着弾した様な被害だった。散弾銃が発揮できる破壊力ではない。



 長く野戦に身を置いている青い衣が必然的に選択し生み出した、具現化された野戦装備こそが彼のアクティビティの完成形だった。散弾が連射される。細身の携行サイズとしては、これも既製品では実現していない機能だ。ドロシアが立っていた周辺の舗装はめくれ上がり、噴煙が立ち上る。



 小さな島の海沿いに作られたヘリポートだ。舗装の下の地質は強くない。青い衣が放った“爆炎の散弾”に粉塵化して空中の視界を遮っている。だがその中で細身のヒューマノイドが無事であろうはずもない。



 強い海風に煽られて舞い上がった粉塵が流されて行く。青い衣の目に入ったのは銀色の糸で織り上げられた巨大な繭だった。



「結晶のエレメンタリストが…… 防御支援を」



「その通りです。青い衣。良い攻撃でしたが舗装下の地質を考慮するか粉塵対策を取らなければ黒色火薬を使うのと変わりません。今後の課題ですね」



 自分の頭上からそう声が聞こえてきたのと自分の両肩に強烈な圧力を感じたのが同時。自分の視界が急上昇した様に感じたのは一瞬遅れての事だった。体の自由が効かない。目だけを動かして自分の体を確認する。



 視界の遥か下方に首を千切られた自分の体、その首の断面が見えた。自分の下顎に鋭い爪が食い込んでいるのが分かる。首筋になぜか冷気と風を感じた。いや、首筋ではなく、首の骨に風を感じた。



「私からのサービスです。頸椎を残したまま首を引き抜かれた感触はどんなものですか?」



 人の背丈を超す高さまで築かれた金属の繭の上から粉塵に隠れて跳躍し、頭上から青い衣を襲い、両肩に乗った姿勢で青い衣の首を千切り、引き抜いた。



 バランスを崩して倒れる青い衣の体を蹴り、彼の頭を抱えたままドロシアが体を一回転させて地面に降り立つ。



「私の有能な仔犬パピー。顔の内側から脳を串刺しにされる感触を褒美に与えます。復活は自分の国で行って下さいね。貴方からの有益な情報をいつでも心待ちにしています」



 仔犬、と呼ばれた青い衣の顔に激痛と共に愉悦が浮かぶ。ドロシアが自らの嗜虐性を隠さずに浮かべる笑顔の何という美しさ。激痛が甘美な快楽に変わる。青い衣がドロシアへの賛美を口にする。その言葉の途中で両眼が白目に反転し、ドロシアの鋭い爪が頭蓋さえ突き破って外へとその切っ先を見せた。



 青い衣の顔が一瞬で土気色に変わる。絶命したのだ。



「……言いつけ通り、自分の国で復活したみたいですね」



「なんつ~プレイをしてんだよ、お前ら」



 ドロシアの背後でクラリッサの声がした。迷彩を解いたクラリッサが腰に手を当てて呆れかえった風の声を出す。



「定期的な躾は主従関係の維持に必要不可欠です。クラリッサさん」



 ドロシアの頭上からも声が落ちてきた。



「でも面白い発想だったわ、ドロシア。私の空間測定ドローン達から枡目状にレーザーを放出させて反響のなかった空間を置換えが発生していると特定させる。解析結果を視界に投影させるのはまだ改良の余地があるけれど原理が分かればすぐ実戦投入できるレベルのものが作れるわ」



 本来、洞穴内などの地形を精査するための空間測定技術を不可視の空間置換能力の特定に転用する。その精度があがれば……



「私達に舐めた真似をした謎の女の太刀筋を予測できます。太刀に斬られたのではない。空間置換能力が発動した後を太刀が通り過ぎただけ。その視覚ギミックにまんまと騙されました。二度と同じ手は通用させません」



「ラウラの指輪もすごい能力ね」



 搭乗型ドローンを着地させて、こちらも迷彩を解いたアンジェラがドロシアの右手にはまる銀色の指輪を注視する。



「通信機能を持つイノリさんのペンダントと違って刺激に対して自動反応するだけのものですが…… 満足できる性能だったと実証できました」



「通信機能くらい持たせられるだろ?」



「イノリさんの護衛と同様に個別の対応をお願いしたらお金がかかります」



「あー。そりゃ、な」



「ヘリポートの改修費用もリッカさんにお願いしないと、です」



 王邸内のヘリポートがツギハギだらけというのも見栄えが悪いだろう。全面改修は幾らかかるのだろう。お金がかかる事ばかりだ。私が原因なんだけれど…… 



 ドロシアの顔に苦笑が浮かんだ。

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