00 幕間
よく見れば異様としか見えない空間だった。床面から垂直に立つ壁には数百の菓子箱と花束が積み上げられている。ボトルに入った飲料もある。その中央に少女がひとり、足を投げ出す姿勢で床に直接座り込んでいる。
東洋人の少女だった。下腹部に黒い刃の日本刀が突き立てられている。切っ先は腰骨を貫通している。腹部から見える刀に大きな反り返りが見えないところから日本刀の歴史の中でも後期、あるいは今に近い時代に作られた打ち刀という種類である事が分かる。
胸部からもう一振りの別の日本刀が突き出ている。正面から心臓を貫き切っ先は背中へと貫通している。言うまでもなく致命傷だ。少女の腰からは夥しい量の血液が流れ出し血溜まりを作っている。両腕は力なく肩から真下に落ちて傷口を庇おうともしていない。頭頂部のつむじが正面から見えるほどに深く、その頭を垂れているため少女の顔を見ることは出来ない。
少女の口からは小さな呟きが漏れている。言葉ではない。微かな呻きに近い。辛抱強く呻きに耳を傾け続ければわかる。およそ数分に一言という速度で少女は同じ言葉を繰り返している。
「……私を殺して ……下さい ……入江さんは ……一人で死んだ ……私をひとりに ……しないで」
その呟きに応える者も、聴き取ろうとする者もいない。封も切られていない無数の菓子箱と乱雑に積み上げられた花束の山に埋まりながら致命傷を受けたままの少女は同じ言葉を繰り返している。
興味のある者、知識のある者が見たならば少女を囲む花束の山の方にも違和感を覚えただろう。
満開の桜を枝ごと束ねた花束のすぐ隣にリンドウやヒガンバナを中心に秋の花を揃えた花束がこちらも満開に咲き誇りながら少女に捧げられている。積み上げられた菓子箱の幾つかを注意深く観察すると製造年月日の印字が読み取れる。1989年。2024年。2250年のものもある。外箱の経年劣化による退色などはない。すべてが新品、今日ストアで購入したばかりの品にしか見えない。
どれほどの時間が経過した後だろうか、二つの足音が少女に近づいてきた。足音の主はどちらも女性。一人はイクサゴンが同席する場でアイリーに斬ってかかった女、ヨラ。もう一人はつい先日アイリーに扮したミサキを惨殺した謎の女だった。
ふたりは無関係の間柄ではなかった、という事になる。
ヨラが手土産のつもりだろう、持参した菓子箱を積み上げられた山の一番上にそっと置いた。
「……フランスで人気の高いチョコレート菓子よ。気が向いたら食べて」
体を二本の刀に貫かれたままの少女にそう語り掛ける。少女は応えない。二人が現れたことも認識していない様に見える。
「……エイミーが壊れてしまったわ。始末する。いいわね?」
問いかけられた少女に反応はない。ヨラは黙ったまま少女を見つめ続けている。少女の体から霧の様に白い光が湧き出し人の形をとった。俯いたままの少女の顔立ちはヨラからも見えない。だが光が形作った人影はまさしく少女と同じ姿をしていた。
光の少女が顔をあげる。
「ダメよ。エイミーは壊れていない。もう少しの間だけ、自由にさせて」
光に包まれたままの姿ながら少女がはっきりとした声でそう答えた。もし仮にアイリーがこの場にいたとしたら少女の顔を見て文字通り驚倒していただろう。
少女はアイリーにとって絶対的に不可欠不可分の大切な存在と同じ顔をしていた。ただし、ヨラももう一人の女も“アイリーにとっての大切な存在”との面識はない。ヨラ達にとって光の少女は目の前で日本刀に貫かれ斃れる少女の分身に過ぎない。
「自由に? ……永遠を生きる私達に焦りはないわ。ただ、その時がくるのを待つだけ。貴女がそういうなら…… 待つわ」
少女の願いにそう答えたヨラの声に、はっきりとした疲労が滲んでいる。少女と二人の女はどんな関係にあるのだろうか。光の少女が小さくうなずく。そして輝きと形を失い現れた時と同じく霧が薄れる様に消えていった。




